80.ヴォルス
ハープは嫌な予感がしていた。
それは、ゼロがあまりにも大人しくやられているからだ。
確かにオーガの力は、人間など比較にならないくらい強力だ。
だが、あの世界樹をも焼き尽くすゼロが、このままでいるはずがなかった。
「死んだ仲間、恨み!」
男のオーガは、ゼロの頭を棍棒でかち割ってやろうと、渾身の力を込めて棍棒を振り下ろした。
その時、キーンという耳鳴りが、その場にいる全員に聞こえたかと思うと、交差させた拳の隙間から、赤い光が見えた。
ゼロは身を守りながら、自分の魔力を高めていたのだ。
そしてゼロが両手を広げ、ゾッとするような禍々しい光が広がった瞬間───宙に浮いていたエイル族とオーガが、ジュワッと溶けて跡形もなく消滅した。
「あぁ……!」
その場に向かおうとしたロイドはおろか、生き残っている全員が、残酷な光景に言葉が出ないでいる。
ゼロは、一瞬にして生物を焼き尽くすほど強力な魔力を使ったにもかかわらず、手のひらを天にかざし、巨大な赤黒い球体を作り出した。
赤黒い魔力で球体はバチバチと、光を放っている。
そしてそれを、エイル族やオーガが暮らす巨大な穴に、何の躊躇いもなく投げ入れた。
「まずい、伏せろ!!」
レンジの声に、その場にいる全員は地面に伏せた。
音もなく、赤黒い球体が谷底へ落ちると、大岩や、彼らの家の破片が浮かび上がった。
そして、地鳴りのような音が広がり、それらは全て、跡形もなく吹き飛ばされていった。
衝撃によって生じた風が、ふわっ、とゼロの長い前髪を浮かせる。
目は未だ、閉じられていた。
「これが……ゼロの力……。」
ロイドは伏せることなく、立ちすくんでいた。
初めて目の当たりにしたゼロの力に、足が、体が、いう事を聞かなかったといった方が正しいのかもしれない。
そして、ゴーレムの方に目をやり、呟いた。
「だから止めたのか……。」
ゼロは再び手のひらを上にあげ、間髪入れずに赤黒い球体を作る。
「これでもまだ眠っているというの……!?
ウソでしょ!?」
「ちくしょう……!
どうすりゃいいんだ!」
レンジの手には、世界樹の森の時のように感応石はない。
それにゼロの力は、以前にも増して強力だ。
エイル族もオーガ達も、成す術もなくその身を伏せながら怯えるしかない。
球体を作っている時間が、自分達に残された時間なのかもしれない。
一瞬で生物や世界樹を焼き尽くすような力であっても、未だ本当の力ではないならば───。
こんなおぞましい悪魔を封印することなど、本当に出来るのか?
レンジの脳裏に疑問が浮かんだ時、赤黒い球体は放たれた。
その球体は、みるみるうちにこちらの視界を支配してくる。
ロイドとゴーレムがいる場所を中心に、狙いを定めてきたのだ。
「何やってんだ、ロイド!
早く逃げろ!!」
動けないでいるままのロイドの視界は、赤黒い球体に全てを支配された。
だが、次の瞬間、それは岩壁へと変わる。
「ヴォルス!?」
ロイドとずっと一緒に旅をしてきたゴーレムは、咄嗟に覆い被さった。
彼を中心に、その場にいた者全てが、ゴーレムの身体の下に作られた空間に収まる。
そして一つ、大きな衝撃音が頭上で起きるが、彼らは誰一人として傷ついてはいなかった。
ただ、ゴーレムを除いては。
それからしばらくの時間が経つ。
何も起こらないことを不思議がったエイル族とオーガが外に出ると、そこにはもう、ゼロの姿はなかった。
「ヴォルス……?」
ロイドは、恐る恐る、動かなくなったゴーレムの名を呼んだ。
その光景にハープが駆け寄ろうとするが、それはセレスの手によって止められた。
「なぁ……ウソだろ?
こんなのって……。」
ロイドがそう呟いた時、ぴくりと、ゴーレムの右手が動いた。
「ヴォルス!?
よかった、まだ生きていたんだな!
待ってろ、僕が今すぐ回復してやるから!」
治癒魔法をかけようとゴーレムの顔に手を添えた時、一瞬だがロイドにはそう見えたのだ。
「……ヴォルス、笑ってる……のか?」
ロイドがそう話しかけたと同時に、ゴーレムの身体は一気に崩れ落ち、砂と化した。
流れるような一連の出来事に、ロイドは一体何が起きたのかが分からないでいた。
そして、ゴーレムの指に結んでいた、ボロボロになった虹色の毛の残りが風に乗って飛ばされていった時、考えることを停止していた脳が動き出した。
「う……うわあぁーーーッ!!」
ロイドは、声を上げて泣いた。
「何故だ!
何故、お前が死ななきゃならない!!
何故お前だけが……!!」
四つん這いになりながら、握り拳で砂山を何度も叩く。
ロイドは、ヴォルスと出会い、過ごしてきた、決して長くはない月日を思い出す。
そして、後悔した。
あの時、自分と出会わなければ、自分を庇って死ぬことなどなかった。
あの時、自分が気まぐれな優しさなど見せなければ良かった。
あの時は、と、思い出しては涙がとめどなく溢れてくる。
人間ではない、話すこともできないヴォルスとの思い出は、彼にとってかけがえのないものだったのだ。
「見て、砂が……!」
ハープの指す方向に目をやると、ヴォルスの身体から生まれた砂が、徐々に柔らかい光を放ち始めていた。
そして、聞いたことのない少女の声がその場に響いた。




