78.哀しみ
レンジ達一行は、瞬間移動魔法を使わずに再び風の谷を目指していた。
オーガの子供は、ロイドの右腕にぴたりとくっついている。
一方で、ハープとセレスは、レンジとロイドの変化を感じ取っていた。
「ハープ見てみて。
あの二人、何だか変わったと思わない?」
ハープは、セレスの言う方向に目をやった。
そこには、レンジとロイドが何やら話をしている姿があった。
初めて会った時のような刺々しさが消え去り、今では普通に会話している。
以前の二人からは、想像もつかない光景だった。
「協力してロック鳥を倒したみたいだし、お互いを認め合ったみたいね。」
「うん、そうだね。
ほんとに良かった!」
ハープはにっこりと微笑んだ。
「それにしても……どうして二人ともあんなに仲が悪かったんだろう?」
セレスはその言葉に、思わず身がよろけた。
鈍い。鈍すぎる。
二人とも、ハープの事が好きだからよ!
と、声を大にして言ってやりたかったが、それは彼ら各々の役目であり、自分が言うべきことではない。
恐らく、いや、間違いなく恋を知らないこの少女に、セレスは二回、肩を叩いた。
自分の肩に手をかけて微笑みかけるセレスの姿は、まるで本当の姉のように感じた。
ハープは、嬉しかった。
そして、レンジ達と旅が出来るこの喜びを人知れず噛みしめていた。
「……僕、ずっとお前が羨ましかった。」
「な、何でだよ。」
いきなりおかしなことを言うもんだ、とレンジは思う。
剣を二つも使いこなし、恐らく自分よりも強いであろうロイドが、いきなり訳の分からないことを言い出した。
「僕は、ずっとハープの守人になりたかった。
小さいころからずっと一緒にいたんだ。
だからこそ、自分が守ってやりたいと思っていた。」
「もういいじゃねぇか、そんなこと。」
俯き加減に話すロイドに向かって、レンジが言葉を続ける。
「確かに嬉しかったよ。
ハープに、その……守人ってのに選ばれて。
だけど、一緒に旅してきて気付いたんだ。
悔しいけど、俺だけじゃ守り切れない時もあるって。
だから、もうそんな細けぇ事気にすんなよな。
俺達、せっかく仲間になったんだから。
一人よりも二人、二人よりも三人、協力して守っていけばいいじゃねぇか。」
競うのではなく、協力すること。
レンジは今までの旅で、それを自分なりに学んだのだ。
その中で、自分が誰よりもハープへの想いと情熱を滾らせ続け、誰よりも守っていけばいい。
その想いこそが、少年にとっての誰にも負けない心であったが、彼自身がそれに気付くのはもう少し後の事となる。
「何故ハープがお前を選んだのか……今なら少しだけ分かる気がする。」
レンジがその理由を尋ねようとした時、ゴーレムの動きが徐々に早くなる。
また、渓谷を飛び越える気だ。
四人は再度、ゴーレムの身体にしがみつき、グリーン・ヴァレへと渡った。
「……慣れないわぁ、これ。」
「だから俺をクッション代わりにするな!」
ハープはロイドに抱えられ、セレスはレンジを下敷きにすることで、無事到着した。
オーガの子供は持ち前の身体能力を生かし、ゴーレムの手のひらに華麗に着地した。
風の谷へ向かうと、そこからはただならぬ緊迫感を感じる。
エイル族が全員、巨大な穴から出てきている。
「……ただ事じゃねぇな。」
レンジ達はゴーレムから降りてその場に向かうと、皆、翼を小さくたたんで縮こまっている。
「皆さん、大変なことが起きたんです!
オーガが……オーガが攻め込んできたんです!!」
「何だと!?」
エイル族の言葉に、ロイドは穴の崖のほうへと走っていく。
覗き込もうとした途端、オーガが穴から飛び出し、ロイドに棍棒で襲いかかった。
「ロイド!」
レンジの呼ぶ声に耳を傾ける間もなく、ロイドはオーガの素早い棍棒さばきを剣で受け止めるのがやっとであった。
すると、ロイドと約束を交わしたオーガが口を開いた。
「ニンゲン、お前ら、やっぱりエイル族の味方!」
「違う!
僕達は約束通り、子供を連れ戻してきた!」
ロイドの言葉に、オーガはセレスの傍にいるオーガの子供に目をやる。
しかし、オーガは再びロイドに視線を戻すと、鋭い目つきで睨み付けた。
紫色の鋭い瞳が潤んでいた。
「母親、死んだ……。
こども、心配するあまり、気、病んで死んだ……。」
「そんな……!」
オーガの言葉に、レンジ達もエイル族も皆、ショックを隠せない。
リアンに行き、ロック鳥と戦い、それでもなお間に合わなかったという事に。
せっかく連れ戻したにもかかわらず、オーガの親子は再会を果たせなかったという事実に。
そして、オーガ達の中にも、思い出しては溢れる涙を腕で拭う者もいる。
どれだけ待っただろう。
数日とはいえ、外の世界を知らないオーガ達にとって、それは永遠に近い時間だったのかもしれない。
ロイドの目の前にいるオーガの、棍棒を握りしめる手の震えから、哀しみが伝わる。
「何て……何て深い哀しみなんだろう……。」
相手の心が読むことができるエイル族は、オーガの深い哀しみを感じ取っていた。




