75.見世物
ハープの瞬間移動魔法により、レンジ達一行はリアンにいた。
カリナーンの国から祭りをするよう御触書が出たようで、街全体が賑わっていた。
それと共に、税を減らしてより自由な商売ができるよう、シェネルが中心となって政策に取り組んでいるようだ。
ふと貧民街の方に目をやると、そこにはもう誰も住んでいなかった。
街の人の話によると、バートが街を修繕する仕事を与えたことで、皆、カリナーンの城下町に移り住んだとのことだった。
かつての、何処となく締め付けられたような雰囲気は微塵も感じない。
そこには、自由気ままに祭りを楽しむ人々の姿があった。
「なんかワクワクするな!
俺、祭り大好き!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?
ほんっと、子供なんだから。」
セレスに少々憎まれ口を叩かれても、今のレンジの弾ける様な好奇心には届かない。
するとそこに、一人の商人がレンジに話しかけてきた。
「君ィ、そのキセルを売ってくれないか?」
「え?これ?」
商人はニコニコと愛想を振りまきながら、レンジが持つキセルを指す。
「そうそう、それは非常に貴重な品でね。
そのモデルはもう作られていないんだよ。」
「ふーん
でも、これ人の物なんだ。
届けなきゃいけねぇから売れねぇや、じゃあな!」
レンジは、忘れていたキセルの存在を思い出した。
オーガを探しにせっかくリアンに来たのだから、ついでにキセルを彼に届けることにした。
そして四人は、ドン・チェルニの屋敷へと向かった。
そこには、異常なまでの人だかりが出来ていた。
庭の中には大きな檻のようなものが置かれ、白い布で覆われている。
「な、何だ?
前がよく見えねぇ。」
「……何かいる。」
ロイドがそう呟くと、細い髭を生やした使用人らしき男が、盛り上げるような口調で喋り出した。
「お集まりのみなさん!
これからお見せするのは、世にも珍しい生き物!
さぁ、今見ておかないと、もう二度とお目に掛かれませんよ!」
男の煽りに、庭の中に次々とお金が投げ込まれる。
まだまだ足りないらしく、男はさらに煽る。
中には早く見せろとブーイングも聞こえるが、そこにドン・チェルニの姿が現れると、騒ぎが歓声に変わっていった。
どうやら彼は、祭りでは珍しいものをいつも見せてくれるらしく、この街の人気者であった。
「コホン、えー、本日はお集まりいただき、本当にありがとうございます。
私が本日お見せしたいのは、何と、世にも珍しい鬼の子供でございます!」
「何だと!?」
ドン・チェルニの言葉にロイドが大きく反応した。
レンジは相変わらず前がほとんど見えていないようで、必死にもがいていた。
そして、檻を覆っていた白い布が剥ぎ取られると、そこには赤黒い肌に紫の瞳、そして二本のツノを生やしたオーガの少年が怯えていた。
集まった人々が、奇声を上げたりして好奇の目で少年を見ている。
一斉に向けられた眼差しが怖いのか、少年は目をきつく閉じ、身体を縮めている。
肩はがたがたと震えており、涙で頬を濡らすその姿は、人間の子供であるならば同情してもらえるだろう。
しかし、現状は違う。
檻の中に入れられ、好奇の目で見られ、少年に同情する者など誰もいない。
「こらこら、そんな事ではお客さまによく見えないで、しょッ!」
使用人の男が、ガンッ、と強く檻を蹴った。
オーガの少年は怯え、より一層すすり泣く。
男の行動で、ギャラリーは非常に盛り上がった。
ロイドは、気が付けば柵を飛び越えて庭の中に入っていた。
そして、男の首を片手で掴み、高く持ち上げることで男の体は宙に浮いた。
「この、クズ野郎……!」
「ひぇっ!
な、何ですか君はッ!?
うぐぐ、く、苦しい……。」
「やめろ、ロイド!」
ギャラリーをかき分けて、レンジ達が庭に乱入する。
「気持ちは分かるけど……やめようよ。」
ハープがロイドに説得することで、男はどさっ、と床に落とされた。
「ゲホッ、ゲホッ……。
な、何をするんですか!」
「……子供を思う気持ちは、何も人間だけにあるものじゃない……!
今こうしている間にも、あの子供の母親は、身を裂かれる思いでいるんだぞ!」
ロイドは歯を食いしばりながらそう言った。
男は、そんな事知るか、と言わんばかりの態度をとる。
それに対してまた腹を立てたロイドが殴り掛かろうとした時、
「やめたまえ。」
柔らかい男の声がそれを阻止した。
使用人の主である、ドン・チェルニだ。
「どういう事情があるのかは分からんが、私の使用人が大変失礼をした。
不愉快な思いをさせたことを詫びよう。」
ドン・チェルニの言葉で、先程の嵐のような出来事がまるでウソだったかのように静まった。
「おっさん!」
「おぉ、君は。
久しいな、元気だったかい?」
「これ、落ちてたよ。」
「ややっ、探してたんだよ。
いやいや、どうもありがとう。」
レンジは、地底湖の洞窟で拾ったキセルを、ドン・チェルニに返した。
そして、彼に問う。
「おっさんが、あの場所でオーガの子供を捕まえたのか?」
「そうだとも、エイル族にメロンを卸したついでにね。
珍しかったから、祭りの見世物にしようと思ってね。
だけど、もう収めることにするよ。
君を不愉快にさせてしまったからね。」
ドン・チェルニはちらっとロイドを一瞥した。
商売を台無しにしやがって、と言わんばかりの彼の目つきに、ロイドは商人としての執念を見た。
「あのさ、その子を離してやってくれねぇかな。
その子がいなくなってから、困ってる奴らがいっぱいいるんだ。」
「……いいだろう、私と君の仲だ。
ただ、ひとつ条件がある。」
「条件?」
「感応石と交換だ。
私は商人だからね、ただとは言わんよ。」
「う……。」
レンジは、自分のポケットに手を伸ばした。
そこには、シェネルから譲られた感応石があった。
シアードを守ってくれ、と託されたものだ。
レンジはオーガの子供、ハープの順に目をやった。
「お母さん、会いたい、お母さん……。」
少年は鬼の姿に似つかわしくなく、目を擦りながら嗚咽交じりに激しく泣いている。
ハープは、こくん、とただ頷いただけだった。
「分かったよ、おっさん。
これがそうだよ。」
「おぉ、これが!」
レンジは感応石を取り出し、ドン・チェルニに手渡した。
そして彼もまた、檻の鍵をレンジに手渡すことで交渉が成立した。




