72.地底湖の洞窟
「すげーっ!
俺、今空飛んでる!」
レンジ達は、それぞれがエイル族の人々に抱えられていた。
これからオーガの元へと向かうのに、レンジは宙を舞う感覚が楽しくて仕方がない。
「……いいなぁ。」
一方のセレスは、先程のゴーレムとロイドの様子を羨ましく思っていた。
ゴーレムと人間。
種族は違えど、彼らは時折、恋人同士に見える時がある。
ロイドはゴーレムに性別などない、と強調していたが、セレスにはあのゴーレムが女に見えてならない。
何故なら、ゴーレムが彼を見つめるその眼は、自分がシアードに向けている眼差しによく似ているからだ。
シアードといつかはそうなりたいと願う彼女にとって、それは憧れるものだった。
「ねぇ、ハープ。
おかしなコト聞くかもしれないんだけどさ。」
セレスは、抱えられて隣を飛んでいるハープに、こそっと話しかける。
「何?
どうしたのセレス。」
「ヴォルスってさ、絶対女の子だよね。」
その言葉に、ハープは吹き出しそうになるのをやっとのことで堪えた。
「種族を越えた恋かぁ……。
けど相手には好きな子がいる……ヴォルスも大変ね。」
ハープには、セレスが何を言っているのかがさっぱり理解できないでいた。
もちろん、彼女はロイドが自分に想いを寄せているとは微塵も考えてはいない。
頭に疑問符を浮かんでいるハープを見て、セレスは「ごめん、独り言」と、苦笑いをしながら告げた。
「それでは、お気を付けて。
帰りはまた呼んでくださいね。
これくらいしかお手伝いできなくてすみませんが、お願いします。」
「お兄ちゃん達気を付けてね~!」
「僕達はゴーレムと遊んでるからー!」
ゲイルと、その子供らはぺこっ、と頭を下げると、軽やかに上空へと昇って行った。
「さてと、行くか!」
四人は、地底湖の洞窟内へと入っていく。
中は非常に薄暗く、視界が悪い。
水溜まりに落ちる水滴の音が、洞窟内に響く。
それに加えて、コウモリや鼠の鳴き声が洞窟内の不気味さに拍車をかける。
ケイシャ鉱山の時のように、オイルランプのような人工物はない。
このような場合、レンジとセレスは大抵シアードに掴まっていたのだが、その彼は不在である。
あまりの不気味な雰囲気に、セレスはともかく、レンジも気づかぬうちに足が進まないでいる。
「何だ?
お前、怖いのか?」
そこに、ロイドが呆れ気味に話しかける。
「怖くなんかねぇよっ!
お前が行かねぇなら、俺が先頭に行くからな!」
こうしてレンジが、周囲を確認せず先頭を突き進む。
少年は、ロイドに対してどうしても反抗的な態度を取ってしまう。
何が少年をそこまで駆り立てるのか。
もちろん、ハープの存在が大きいのだが、それだけではない。
レンジは、ロイドに負けたくなかったのだ。
セレスもシアードも精霊の加護を受けていて、自分だけがまだ魔力を持っていなかったことを気にしていた矢先、ロイドの強さを見てしまった。
だからこそ彼よりも先に、風の精霊の加護を何としてでも受けたいと考えていた。
ハープを守るために力をつけるはずなのだが、いつしかレンジの目的は、ロイドに勝つことになっていた。
いつもなら、この心の変わりようにシアードが言葉少なく釘を刺してくれるのだが、その彼はいない。
そんなレンジの様子を見通しているセレスは、ため息をつくばかりであった。
「うわっ!」
先頭を歩いていたレンジが、突如転んだ。
「大丈夫?」
そこにハープが駆け寄った。
情けない姿を見られ、レンジはさっ、と顔を逸らす。
そして、岩の地面に金属が転がる乾いた音が耳に入ってきた。
その方向に目をやると、見覚えのあるものが転がっていた。
それは、派手な金細工が施されたキセルだった。
「何それ、派手ね。」
「これ……おっさんも同じようなの持ってた。」
レンジはこの旅で、「おっさん」にたくさん出会ってきたが、今、彼が示す「おっさん」とは、商業の街リアンに暮らす、ドン・チェルニのことである。
何故このような場所に落ちていたのかは謎に思うが、それより今は、これに転ばされたことでハープに格好悪いところを見られてしまい、少々気分が悪い。
洞窟内をしばらく奥に進んでいくと、左手に大きな泉があった。
レンジは、顔を洗って気分転換しようと思い、泉のほとりに近づいて行ったその時だった。
「おわっ!」
家ほどもある、頭が真ん丸の巨大魚が、レンジを丸飲みにしようと飛び出してきた。
「危ねぇ~……!」
「レンジ、大丈夫!?」
ハープとセレスの心配をよそに、レンジは腹を立てていた。
この洞窟に入ってから、非常に気分が悪い。
気分転換しようと思って泉に向かったのに、敵に遭遇する。
「この野郎ッ!」
「ちょ、ちょっとアンタ危ないわよ!」
レンジは今までの鬱憤を晴らすかのように、巨大魚に飛び掛かった。
雨霰のように正拳と蹴りで攻撃し、とどめに脳天かかと落としを炸裂した。
三人が唖然としている間に、頭の形が変形した巨大魚がぷかーっと浮いた。
「あぁー、めちゃくちゃスッキリした!」
横向きに浮いている巨大魚の上で、レンジは伸びをしている。
その時、複数の不気味な低い声が、周囲を取り囲んだ。




