73.鬼族の怒り
その声の主は、今までに見たことのない者達だった。
姿かたちは確かに「人」なのだが、頭に立派な二本のツノを生やしており、男性も女性も、皮をなめして作られた服らしきものを身に着けている。
薄暗い洞窟の中でよく見えないが、彼らの皮膚は赤黒く、暗闇の中で光る紫の目が恐怖心を煽る。
片手には自然素材で器用に作られた槍を持ち、彼らはそれを振りかざして皆一斉に巨大魚を突き刺した。
レンジは、彼らが槍を突き刺す瞬間に巨大魚から飛び降り、ハープを守ろうと立ちはだかった。
戦闘態勢をとっていると、彼らの中の一人が喋りだした。
聞き慣れない口調に、レンジは思わず戦闘態勢を崩してしまう。
「お前、魚しとめた、いい奴。
魚、食わせてやる、来い。」
低い声色からして、それは男の声だった。
男がそう言うと、他の者は巨大魚を引き上げ、神輿のように担いで運ぶ。
「ど、どうする?」
レンジが小声で三人に聞くが、洞窟内ではいかなる声も響く。
「聞こえてる。
ないしょ話、ないしょ、なってない。
鬼族、ウソつかない。
鮮度落ちる、早く来い。」
オーガと聞いて、レンジ達はついていくことにした。
隠れ里といわれるようなところに住んでいるのだから、自分たちで探すよりもついていった方が手っ取り早い。
そして鮮度を気にする辺り、何処となく可愛らしく思えてきた。
エイル族といい、グリーン・ヴァレは変わり者ばかりだ、と、巨大魚の神輿を見ながら四人は思った。
洞窟を抜けると、そこには原始的な生活風景が広がった。
オーガの隠れ里には、家などの建築物は見当たらない。
自然に出来たのか、何かしらの方法で掘ったのか、岩壁のところどころにほら穴があり、彼らはその中で暮らしているようだった。
里の真ん中には焚火のような跡があり、石包丁を使って調理をする女性達の姿も見受けられた。
女性達が大きく手を振ると、巨大魚はその場に下ろされた。
そして、顔よりも大きな鱗を一枚一枚、素手で剥がしていく。
その光景を眺めていると、レンジについてくるように言った男のオーガが話しかけてきた。
「お前、オーガの隠れ里、何しにきた?
オーガたち、今、大変。
とても怒ってる。」
「俺らはエイル族に頼まれてここに来たんだ。
何で怒ってるのかを聞いてきてくれってさ。
それと、あんたらの地響きで眠れないんだとよ。」
エイル族、と発したレンジの言葉に、オーガの目つきが豹変した。
レンジの肩をとがった爪で鷲掴みにし、怒りを露わにしている姿はまさに、鬼そのものだった。
「お前、エイル族、味方か?」
「別にそんなんじゃねぇよ。」
「エイル族、悪い奴。
オーガのこども、さらった。」
男の言葉に、鱗を剥いでいた一人の若い女性が泣き崩れた。
こども、会いたい、と繰り返し泣く姿はあまりにも不憫で、セレスとハープが女性の傍に行き、背中を優しく撫でて慰める。
「だから、オーガたち、許せない、許さない。
いくさの前に、腹ごしらえする。
これ食ったら、エイル族殺しにいく!」
男がそう言うと、オーガ達は大声で吠えて地団駄を踏む。
相当な力なのだろう。
岩壁から小石がパラパラと降ってくる。
地響きの原因は、こうして怒り狂ったオーガの地団駄によるものだと判明した。
レンジ達も立っているのがやっとの状態だ。
オーガ達の興奮冷めやらぬまま、ロイドが口を開いた。
「本当にエイル族が攫ったのか?」
「さらったに決まってる。」
「エイル族がそう言ったのか?
エイル族がここに来たのか?
彼らは、洞窟にも入れないような奴らなんだぞ。」
淡々と喋るロイドに、男が詰め寄った。
そして、ロイドの服を掴んで大きな犬歯をむき出しにしている。
「お前、なにがいいたい。」
「決めつけるのは良くないってことさ。
僕らが風の谷に寄った時、オーガの子供の姿なんて見なかった。」
「かくしてるに決まってる!」
「もしそうでなかった場合、どうするんだ?
エイル族を殺すと、ユニベルの風を奪うことになるんだぞ。」
「かまわない!
オーガたち、こども、一番大事!」
彼らは彼らで、自分達の家族を想う強い気持ちを持っていた。
しかし、このような狭く閉鎖的な環境で暮らしているために、他の種族についての知識がないのだろう。
だからこそ、一番身近なエイル族が頭に浮かび、いつからか彼らが子供をさらったと思い込んでいるのだ。
「僕がオーガの子供を探してきてやる。
だから、エイル族を殺そうだなんて思うな。」
「……分かった。
だが、もし、こども見つからなかったら、お前を殺す。」
「いいだろう。
それまで、エイル族を殺そうだとか考えるなよ。」
「お前たち、エイル族、違う。
いったい何者?」
「人間さ。」
「ニン、ゲン……?」
ロイドは、男とオーガの子供を見つけてくることを約束した。
しばらくすると、香ばしい魚の焼ける匂いがしてきた。
見た目よりも随分美味そうな匂いだ。
その方向に目をやると、レンジ達とオーガが仲良く魚を貪っていた。
呑気というか、マイペースというか、三人の様子にロイドは張りつめていた気が、ふうっと緩んだ。




