63.不器用な少年
レンジ達一行は、一度リジェの集落へと戻った。
そこには、カリナーンへと移転の準備をする者の姿もいれば、このまま何の変わりもなく生活している者の姿があった。
バートがカリナーンの大臣へと復職したことで、この集落に長はいなくなった。
このままこの場所に残るか、カリナーンへと帰っていくかというのは、各々で判断することになる。
レンジは宿屋の主であるふくよかな女将に、カリナーンへは行かないのか、と聞いた。
「私は、この場所でひっそりと宿を営むのが好きなのさ。
カリナーンやリアンの街みたいに、賑やかなのが苦手でね。
砂漠を迷った旅人が、ここに来た時に宿屋があったら助かるだろう?
さぁ、あんたたちも王子も、しっかりお休み。」
女将はカリナーンの戦いも、シアードの事も、まるで何事もなかったかのように暖かく迎えてくれた。
泊まっていた部屋に行くと、四人はテーブルを囲んで話す。
レンジはバートから聞いたテルス神殿の事を、シアードは王の間で交戦した、毒屍人のことをそれぞれ話した。
「王妃は、毒屍人をアカデミーから買ったと言っていた。
アカデミー……奴らは一体何者なんだ?」
シアードは今までの旅で、アカデミーという組織の名は、何度か耳にしてきた。
何かを研究している組織ということは間違いないが、彼らの行動は全く読めないでいた。
魔物から身を守るために感応石を作り出すこともあれば、ポイズングールを作ったり、世界樹の森で見た回想のように極悪非道なやり方をすることもある。
組織の人間にしても、シングのような明るい性格の者もいれば、メビウスのような冷酷な者もいる。
そんな彼らの会話の中で最も引っかかるのが、「平和」という言葉だ。
メビウスという男が平和のための研究をしていると口にしていたが、シングは何かを犠牲にしないといけない、とまで言っていた。
それらの謎も解明していかなければ、ユニベルに水の精霊がいう「真の平和」は、おそらく訪れないだろう。
ゼロは今、何処にいるのだろう。
平和とは、一体何なのだろう。
そしてアカデミーという組織は、一体何を考え、何を研究しているのだろう。
考えれば考える程、謎が深まるばかりで頭が痛くなる。
「……考えても仕方ないよね。
今、自分達に出来ることは、大地の精霊に会って加護を受けること。
ひとつずつやっていけば、きっと繋がるよ。」
使命を背負っているからなのか、ハープはいつも旅の目的を見失わないでいる。
悶々と錯綜していた目的が、彼女の言葉ですっと芯が通る。
レンジ達は明日、ここより南東にあるテルス神殿を目指すことにし、各自休息をとった。
その日の夜、レンジとハープは南東の方角を見つめていた。
外に出ようとするハープに、レンジが一人じゃ危ない、と半ば強引についてきたかたちだが、彼女はそれを拒まなかった。
二人きりになるのは久しぶりである。
レンジはいつも彼女の隣にいるが、二人きりで横に並ぶとなると、無意識に鼓動が高鳴る。
「ねぇ、レンジの両親ってどんな人だったの?」
ハープが何の脈絡もなく、レンジに質問を投げかけた。
「うーん……それが、全然覚えてないんだ。
なんか物心ついたときからアレス島でおばさんに育てられてたし。」
「寂しくないの?」
「それが全然寂しくないんだな、これが。
俺にとっては、おばさんとシアードとセレスが家族みたいなモンだしな。
シアードとセレスの故郷とか、親の事がが分かってほんとに良かったよ。」
「自分の両親のことは知りたくないの?」
ハープはレンジの顔を見つめてそう言った。
レンジは見つめられるといつも、彼女の大きくて黒い瞳に吸い込まれそうになる。
「知りたくないって言ったらウソになるけど、でも、俺には仲間がいるからいいんだ。」
ハープは自分が聞いたにもかかわらず、驚きを隠せないでいた。
そして、底抜けに明るくてさっぱりした性格をしているレンジが、とても羨ましく感じた。
「……レンジは、強いよね。」
「えぇ?」
レンジは、少し照れた様子でハープに顔を向けた。
ハープは目を伏せて、何かを考え込んでいるように見えた。
こんな時、どういう言葉をかけたらいいのか分からないでいる少年は動揺してしまう。
彼女の事が大切だからこそ、言葉を選ぼうと普段使わない頭を目いっぱい働かせる。
「そうだ!」
レンジは何かを思いついたように、ハープに明るく話しかける。
「ゼロを封印してユニベルが平和になったら、俺と二人で旅に出よう。
それで、ハープの父ちゃんと母ちゃんを探そう!
きっとどこかで生きてるって!
別に父ちゃんと母ちゃんを探す旅じゃなくてもいい。
俺で良かったら、ハープのやりたいこと全部付き合うからさ!」
目の前で両手を広げて話す少年の姿に、ハープはくすっ、と笑みをこぼした。
「そのためには早く印の魔法を習得して、ゼロを封印して、ユニベルを平和にしなきゃな!」
「───そうだね……うん、そうだよね。
そのためには、私達頑張らなきゃね!」
一瞬、ハープはまた何かを考えていたように見えたが、きっと気のせいだろう。
彼女の見せる笑顔にほっと胸を撫で下ろしたレンジは、部屋に戻ろうと誘うが、彼女は優しく首を横に振った。
「私、もう少しだけここにいたいかな。」
「そっか、風邪引かないようにな!
じゃあ、おやすみ!」
「おやすみ、レンジ。」
レンジはその場を後にしようとするが、一度ハープの方を振り向いた。
遠くを見つめる彼女の後姿は儚くて、いつも何処か寂しそうに感じてしまう。
抱きしめたい衝動にかられるが、自分はまだ何もやり遂げていない。
この旅が終わったら自分の気持ちを伝えようと、彼は心の中で決めていた。
レンジは、雑念を捨てるかのようにぶんぶんと首を横に振り、部屋へと戻っていった。




