62.一瞬の王様
その日の明け方、レンジは一人、目を覚ました。
この宿の部屋には、既にシアードの姿はない。
彼はあれから、集落から姿を消した。
国を取り返したにもかかわらず、ちっとも嬉しくない。
悪政に終止符が打たれたのは喜ばしい事なのだが、シアードがこの国に残ってしまうのではないかと考えると、素直に喜べないでいた。
旅はやめない。
彼はそう言っていたが、昨晩の、老骨に鞭を打ったようにシアードに詰め寄るバートの姿が、レンジの脳裏に焼き付いていた。
一度は、シアードと離れることを覚悟した。
それを承知のつもりで、自分も力になった。
だが、実際その時が来てみると、離れたくないと思ってしまう。
それぞれの事情があるはずなのに、離れたくないと願ってしまう。
「俺って、相変わらずガキだよなぁ……。」
レンジは宿を出て、バートの家を走って目指す。
砂漠の朝は夜とまではいかないが、やはり冷える。
だが、そう思えたのもほんの一時の事だった。
砂の上を走っていると、自ずと体は温まっていく。
目的地に着くと、家にある簡易な足場からバートはある方向を眺めていた。
「バートさん!」
「おぉ、レンジ殿。」
「あのさぁ、話があるんだ。」
「……まぁそう言わずに、こちらに来てみなされ。」
バートはレンジに声をかけ、手招きをする。
バートの隣に行くと、そこには幻想的な景色が広がっていた。
何かの建物が、朝日を背に光り輝いているように見える。
「ここからはるか南東に、神殿がある。
大地の精霊を祀る、テルス神殿じゃよ。」
「大地の精霊!?」
レンジ達がこの大陸に来た一番の目的だ。
様々なことがあったが、もちろん忘れてはいない。
「ワシはこの光景が好きでのう。
この集落を作ってからこうして毎日眺めておる。
それはそうと、レンジ殿、坊ちゃまとはどういうお知り合いで?」
「家族だよ。」
レンジの言葉に、バートはきょとんとしている。
「シアードが海岸に流れ着いてたところを、セレスが助けたんだ。
それから俺達は、俺のおばさんのところでずっと一緒に暮らしてきたんだ。
だからさ……奪わないでくれよ。
俺、まだシアードと一緒にいたいんだよ!
もちろん、無茶なお願いだってことも分かってる、シアードにとって、この国に残ることが一番いいってことも分かってる!
それでも……まだ、もう少しだけ、一緒に旅がしたいんだ。」
目を潤ませながらこちらを見て話す少年に、バートは微笑みかけた。
「心配せんでもええ。
坊ちゃまはああ見えて、頑固じゃからのう。
ただ、ワシは王子としての最後の仕事をしてもらいたかっただけじゃ。」
「最後の仕事?」
「今日、城に行けば分かるじゃろう。」
バートはそう言うと、支度があるから、と家の中へと入っていった。
レンジが宿に戻ると、そこには目を真っ赤に腫らしたセレスと、元気のないハープがいた。
「ひっでぇ顔。」
「……レンジ、怒るよ?」
城に向かう最中、レンジがセレスを弄る。
セレスが鞭を握りしめると、ハープがおろおろし出す。
カリナーンに着くと、そこには昨日までの姿はなかった。
街中に向けられていた大砲は全て下ろされていた。
そして、街中の民家もあちこちで修繕されている。
そこには、昨日まで戦っていた兵士の姿もあったが、彼らは国民と共に武器ではなく、工具や材木を手に持っていた。
兵士を含めた男性達の中には、ああでもない、こうでもないと言い合う者もいれば、肩を組んで酒を交わす者もいる。
女性や子供は、あらゆるところにサボテンや緑の苗を植えている。
本来の、大地と花の国と呼ばれるカリナーンの姿がそこにはあった。
街中の人々の姿を微笑ましく思っていると、街中に大きな鐘の音が響いた。
「急げ急げ、新しい王様が見えられたぞ!」
街じゅうの人々が、鐘の音と同時に城を目指して走っていく。
レンジ達は、半ば人混みに飲み込まれるように城へと向かった。
カリナーンの城の前に着くと、城の中央に位置するバルコニーから、正装をしたバートの姿が見えた。
そして───。
「えっ、シアード!?」
レンジ達は、自分の目を疑った。
そこには、赤いマントを羽織り、頭に王冠を乗せたシアードの姿があった。
その凛々しい姿に、国民の歓声が湧き上がる。
「シアード国王、万歳!!」
国民の止まない歓声に、レンジ達は現実を受け入れた。
シアードは自分達との旅よりも、この国の王になることを選んだのだ。
本当なら、心から祝福しなければならないはずなのに、それが出来ない自分達がいる。
レンジ達の計り知れない悲しみは、祝福の歓声なんかでは消すことはできない。
その時、シアードの声が街中に設置された拡声器から聞こえてきた。
「……この国は一度、武力を強化することに走ってしまった。
しかし、カリナーンの本来あるべき姿は、大地と花を愛する国であると俺は信じている。
そして、ここに集まったすべての国民に、頼みがある。
王と共に、どうかこのカリナーンを支えてほしい。」
「もちろんだ、王様!」
「王様万歳!
シアード国王、万歳!」
あちこちでシアードを称える言葉が聞こえてくる。
すると、シアードはあろうことか王冠を頭上から外した。
「この国を治めるにあたり、俺よりも相応しい者がいる。
俺は、今日よりその者に王位を継がせるつもりだ。
その者は、誰よりもカリナーンの国を愛し、誰よりも優しい心を持っている。
その新しい国王と共に、このカリナーンを支えていってほしい。」
それからシアードは、バルコニーに姿を見せたシェネルに、王冠を乗せた。
そして耳元で、ほら行け、と囁く。
小心者、偽りの王、操り人形などと、陰ながら国民に揶揄されていたシェネルだが、この時ばかりは違った。
そこには凛とした、若々しさが溢れる国王の姿があった。
「僕、頑張るから!
もう、みんなを苦しめたりしないって約束するから!
だから……だから、みんなもこの国を一緒に支えてください!
お願いします!!」
それは、彼らしい素直な言葉だった。
一瞬の沈黙の後、シアードの時よりも大きな歓声が、彼を再び国王として迎え入れた。
シアードは、バルコニーから引っ込んだ途端、マントを脱いで煙草を吹かしている。
「……バカ、王様が下手に出てどうするんだよ。」
三つめの願いを叶えたシアードは、城を後にしようとした。
「坊ちゃま!」
バートが、息を荒らげながら追いかけてきた。
彼にうるさく言われるだろうと思ってはいたものの、意外にも王位を弟に譲ったことを責められることはなかった。
「どうか、お気をつけて!」
「あぁ。
シェネルを、弟をよろしくな。」
そう言い残し、シアードはカリナーンの城を出た。
とても晴れやかな気分だった。
街の入り口あたりで大きく手を振るレンジ達の姿を見ると、彼の身体からふっ、と力が抜ける。
そして、そのまま、倒れるようにセレスにもたれかかった。
「シ、シアード!?」
慌てふためくセレスの姿に、レンジとハープはそれぞれ微笑んでいた。
疲れていたのだろうか、それとも、仲間の姿を見て安心したのだろうか。
シアードは、安堵の表情を浮かべながら、そのまま眠りについた。




