64.テルス神殿
「な、何だこりゃ……!?」
レンジは、目の前に広がる光景に足が立ちすくんでいた。
それはあまりにも非現実的で、自然の恐ろしさを身体で感じた。
レンジ達一行は、リジェの集落より南東に位置するテルス神殿に来ていた。
確かに神殿らしき大きな建物があるのだが、床の真ん中に大きな亀裂が走っている。
まるで、地割れでも起きたかのように広がる裂け目は、真っ暗で底が見えない。
吸い込まれそうな大地の裂け目によって、神殿は真っ二つに破壊されていた。
「一体、何が起こったんだ?」
レンジやセレス、ハープが辺りを見回している時、シアードは一つの石碑を見つけた。
文字がところどころ擦れているため、読める文字のみを拾い上げる。
「……ロ……に……印する。」
そこに、レンジ達が集まってくる。
目を凝らして石碑を凝視しているシアードの姿を不思議に思ったのだろう。
「これ、何て書いてあったんだ?」
「分からない。
文字が擦れていて読めないんだ。」
「───ゼロ、ここに封印する。」
背後から、男の低い声がした。
自分達しかいないと思われていた場所に、聞き慣れない声がしたことによって四人は激しく驚いた。
そこには、鎧を着た長髪の若い男性の姿があった。
砂漠の砂に似た髪色が、男の白い肌と青の瞳を際立たせている。
「あ、あなたは?」
ハープは恐る恐る男に尋ねた。
よくよく見てみると、男の身体は金色のオーラに纏われている。
「我は、大地の精霊ガイア。
この姿は、砂漠で亡くなった人間の身体を借りているものだ。」
今、目の前で話す大地の精霊は、姿かたちは人間そのものだ。
だが、水の精霊を目にしたときに感じたのと同じく、神秘的であった。
「精霊様。
ゼロを再び封印するために、どうかお力を貸していただけませんか?」
「……見ろ。」
大地の精霊は、大地の裂け目を指した。
「石碑を見ただろう。
ゼロと人間はこの地で戦い、そして三百年前にこの場所に封印されていた。
お主とよく似た少女の魔法と、我々精霊の力によってな。
しかし、少女の魔法はついにゼロを抑えきれなくなったのだ。
この大地の裂け目は、ゼロの封印が解き放たれた時に生じたものだ。」
「あなたでも抑えきれなかったの?」
セレスの問いに、人間の身体を借りている大地の精霊が、ふっと笑う。
「少女の魔法は、術者の精神を使う古代の魔法だ。
三百年も長らえた事自体が、不思議でならない。」
「復活してしまったゼロを再び封印するために、どうかお力を貸していただきたいのです。」
再度、真剣に懇願するハープの眼差しを受け止めるかのように、大地の精霊も少女の目を見つめる。
「……お主。
印の魔法がどういうものか、分かっておるのか?」
その問いに、ハープはゆっくりと頷いた。
「それが私の……私がこの世に生まれた、使命ですから……。」
大地の精霊は、少女の覚悟を受け止めることにした。
ハープの表情も雰囲気も、三百年前の記憶に残る少女と何一つ変わらない。
「そうか……。
だが、お主よりも加護を授けるに値する人間がいる。
我はこれより、その者に力を貸すことにしよう。」
長髪の男性という、仮の姿をしている大地の精霊は、シアードの目の前に立つ。
加護を授かるのは自分だと思っていた、レンジを素通りして。
二人の色男が並ぶと、とても絵になるなと思いながら、セレスとハープは眺めていた。
「お主の祖国と民を愛する心の強さ、しかと見せてもらったぞ。
我はここから、このアルメイン大陸に広がる国を見守っている。
お主の無事を十年もの間、祈り続けた老人のことも、お主を待ちわびていた幼き国王の事も、我は全て見ていた。」
シアードは黙ったまま、目を閉じて深々と礼をした。
そして、シアードの頭上から、一粒の光が舞い降りてくる。
世界樹の森で見た光景が、今、自分に起ころうとしている。
光がぱっ、と弾けると、シアードは自分の身体が徐々に熱くなるのを感じた。
「ひとつ、我の技を伝授しよう。
この技の名前は、防御破壊。」
「防御破壊?」
「敵のどんな堅い防御も打ち砕くという究極の剣技だ。
お主は、剣を使うのだろう?」
大地の精霊は何かを念じ、手を上にかざすと、そこには神々しい両刃の剣が現れた。
そしてそれを、シアードの目の前にゆっくりと下ろした。
「これは、聖剣グラディウス。
大地の力が封じ込められている。
人間が創った物とは違い、まず折れることはないだろう。
存分に振るうがよい。」
その剣は、シアードの手に非常に馴染んだ。
そして、軽く剣を振るってみた。
まるで、ずっと昔から使っていたかのような、しっくりくる使い心地だった。
「ありがとうございます。」
よほど嬉しかったのだろう。
シアードは目を輝かせながら、剣の刃を眺めたり持ち替えたりしている。
そして大地の精霊は誰にも気づかれぬよう、彼に耳打ちした。
「お主ら、これから何処を目指すつもりだ?」
「あとは……風と火の精霊に会わなきゃいけないんだ。」
レンジの言葉に、大地の精霊は口元に手を当てて、ばつの悪そうな顔をしていた。
「どうしたんだよ。」
「いや……よりによって、曲者しか残っておらぬとは。」
「くせもの?
精霊にくせものとかあるのか?」
「……会えば分かる。
それはそうと、風の精霊ならこの砂漠をはるか西に越えた風の谷にいるぞ。
ただし、奴は気まぐれでな。
常にそこに留まっているとは限らん。
気を付けて行かれよ。
我は、時が来るまで眠ることにしよう。」
「えっ、あ、おい、ちょっと!」
レンジの呼び止める声に反応することなく、大地の精霊は裂け目の方へと消えていった。
裂け目にひょいっ、と飛び込む姿を見て、レンジ達は身の毛がよだつ。




