59.毒屍人
シアードとセレスは、王の間につながる大きな扉を開けた。
すでに逃げ出したのだろう。
そこに側近の姿はなく、護衛のための兵士が二人いるだけだった。
玉座には、この国の王である少年が座っていた。
シアードは、王の姿を見てその名を呟いた。
「シェネル……。」
弟と再会するのは十年ぶりだった。
黒い髪に、幼さの残るあどけない顔立ちは、自分とは似て非なるものだった。
「兄上!!」
兵士が呼び止めるのを無視し、シェネルは王冠もマントも投げ捨てて、こちらに向かってきた。
「兄上、僕、王様になんかなりたくなかったんだ。
兄上とも、本当は仲良くしたかったんだ!!
でも、母上が───。」
シアードは、シェネルの肩にそっと手をかけ、玉座の方向を見つめていた。
そこには、王冠を拾い上げるマリー王妃の姿があった。
「ダメじゃない、シェネル。
これは、あなたにこそ相応しいのよ。」
「母上……!」
優しい口調で話す王妃の顔は、笑ってはいなかった。
「シアード……よく生きていたわね。」
シアードは、王妃に剣を向けた。
「今日限りでカリナーンを返してもらう。
これ以上、あなたの好き勝手にはさせない。」
王妃は、シアードの態度に怯えることなく、ニヒルな笑いを浮かべている。
そして王妃は、部屋の隅にある何かのスイッチを押した。
すると、玉座の後ろ側にあったカーテンが開き、その扉から何とも言えない、人型の化け物の姿が現れた。
「な、なにあれ……!」
セレスが思わず鼻をつまんだ。
死臭に近い悪臭を漂わせるそれは、魔物とは違う、今までに見たことのない化け物だった。
「毒屍人よ。
アカデミーから買い上げたの。
こいつはいいわよ、処刑した人間を食べてくれるんだから。
さあ、やっておしまい!」
王妃は、ワインで毒殺した兵士の亡骸も、秘密裏に処刑した者も、この化け物に食わせていたのだ。
人間を食らう。
そうなれば、先代の王は───父はこの化け物に食べられてしまったのか?
何も知らないシアードに、怒りが込み上げる。
目の前にいる化け物は、口や損傷している傷口から紫の液体を垂らしながら、びちゃ、べちゃ、と生々しい音を立てて、ゆっくりとこちらを目掛けて歩いてくる。
「アグ、ググ……。」
ポイズングールは何か言いたげだが、直視できないほど気味が悪い。
「ぎゃあっ!?」
兵士の一人が捕まった。
そして、ポイズングールはためらうことなく首と胴体を引きちぎり、ものすごい勢いで食らう。
生き延びた方の兵士は脳天から槍をつくが、ポイズングールがそれに触れた途端、ジュワッと音を立てて溶けていった。
その直後、ポイズングールは瞬く間に二人の兵士を完食した。
そこには、飛び散った骨や肉の欠片、兵士とポイズングールの体液が、見るも無残に飛び散っていた。
「い、いやぁ……!」
目の前で繰り広げられるグロテスクな光景に、セレスは思わず目を逸らした。
その時、ポイズングールはセレスを目掛けて飛び上がった。
「くっ!!」
セレスがおそるおそる目を開けると、そこにはシアードの姿があった。
シアードは、身を呈してセレスを庇ったのだ。
青年の肩に、ポイズングールが噛みついている。
それを勢いよく振り払うと、彼は上半身と下半身を真っ二つにした。
「シアード……!
ごめんね、すぐ回復するから!」
セレスが負傷した箇所に、治癒魔法をかける。
幸いにも傷は浅かったようで、それはすぐに治った。
その間、シアードは剣の刃を眺めていた。
ポイズングールを斬り、体液が掛かった箇所が錆び始めたのだ。
「グァ……アぁ……アグ、アグ。」
ポイズングールは両腕を使い、上半身だけで身動きをとっている。
そして今なお、シアード達を喰らおうと、ずるずるとこちらに向かってくる。
「……兄上。
こいつは斬っても、頭を刺してもダメなんだ。
身体の何処かに核があるって、アカデミーの奴らは言ってたよ!」
「核、か……。」
「ねぇ、シアード、どうしよう。
まだこっちに向かってくるよ!」
怯えるセレスは、シアードの背中にしがみついている。
小心者のシェネルも、震えながらシアードの腕にしがみつく。
「離れてろ。」
シアードは一言そう告げると、目を閉じて精神統一を始めた。
暗闇の中、僅かに輝く一つの光を見つけた。
「グギギ……ガァッ!!」
ポイズングールの上半身が、シアードを目掛けて飛び上がった。
「一閃───。」
それは一瞬、何が起こったか分からないでいた。
シアードは、目にも止まらぬ早さでポイズングールを斜めに斬る。
その時、喉仏に位置するところにある小さな白い石が真っ二つになり、地面に転がった。
するとその瞬間、ポイズングールの身体が砂と化した。
そして、長年彼が愛用していた大きな剣は、音もなく砕け散った。
「す、すごい……!」
シェネルは、兄の剣さばきを見て身震いした。
兄がまだ城にいた頃に、ずっと追いかけて憧れた背中を思い出す。
そして、それが今まさに目の前にある。
自分の意志を持つことを半ば諦めかけていた体内から、熱い何かが込み上げてくるのを、彼は実感した。




