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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -後編-
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58/207

58.情

 訓練場では、レンジと大柄の男が闘っている。

 双方とも武器を持たない、肉弾戦だ。

 レンジは間合いを取りながら、男の腹に何度も拳を繰り出す。


「効かねぇなぁ。」


 男は首を左右交互に傾け、コキコキと鳴らしている。

 その強靭な肉体は、レンジの攻撃をまるで寄せ付けない。

 

「ぐあっ!!」


 男の正拳付きが、レンジの腹部に繰り出された。

 その衝撃で、少年の体は壁に背中から打ち付けられた。


「おいチビ。

 兵どもを逃がした代償は高くつくぜ?」


 男はレンジの頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけるように投げ下ろす。

 そして、顔をぐりぐりと地面に擦り付けながら、男は大声で抵抗しない少年を罵り出した。


「てめぇみてぇなガキに、王妃様の苦しみなんか分からんだろう!?

 あの方は孤独だ!

 あれだけの人間に囲まれても、この国の王妃になってもな!

 この城の兵士達も、国のためになんか動いちゃいねぇ!

 だから俺が、俺が守ってやるのさ……!」


 男は、レンジの頭を掴んだまま持ち上げた。

 当のレンジは、息を荒らげながら、男を無言で見下ろしている。


「ほーお、まだ息があるのか。

 チビのくせに意外とタフじゃねぇか。」


 レンジは、流血しながらも考えていた。

 強靭な肉体を持ち、力も強いこの男に勝つ方法を。


「俺は王妃様と共に、この国を、そしてユニベルを支配する!

 邪魔する奴は何人たりとも許さん!」


 男は、腕に違和感を覚えた。

 ボロボロに痛めつけたはずの少年が、自分の腕をぎりぎりと握りしめている。

 その力は徐々に強くなる。

 頭を掴む指の隙間から、少年が鋭い目つきでこちらを見ている。


「何が苦しみだ……。

 苦しんでるのはてめぇらだけじゃねぇんだよ。」


 レンジの脳裏に、先程のバートの姿が浮かぶ。

 先日殺された子供や、この訓練場で手の指全てを踏みつぶされた男性の姿など、この国の人々が苦しんでいる姿が次々と浮かんできた。

 この国に来てから、笑顔など見ていない。

 国民だけじゃない、仲間達の笑顔でさえも───。


「ぐおっ!?」


 レンジを掴む男の屈強な腕から、血しぶきが上がる。

 頭から手が離れた瞬間、レンジは男を地面に思い切り叩きつけた。

 そして、レンジは男の首元に腕を絡ませ、ギリギリと締め付ける。


「はな……せぇ、チビ!!」


「お前は王妃を守りてぇんだろうが、俺だってこんなところで負けるわけにはいかねぇんだよ……!

 シアードやみんなのためにもな!」


「シ、シアードだと!?」


 男は、聞いていたであろう第一王子の名前に反応した。


「そうさ、シアードはずっと、ずっとこの国の事を考えていたんだ!

 王妃によって苦しめられてる国民を助けたいってな!

 だから邪魔はさせねぇ、絶対にな!!」


 レンジの腕に力がこもる。

 しかし、男は自分の半分もない少年の細い腕を簡単に振りほどいた。


「ちくしょう!!」


「……王子。」


「へっ?」


 大柄の男は、目を真っ赤にしながら潤ませていた。

 その姿はあまりにも非現実的で、レンジは幻を見ているのではないかと自分の目を疑った。


「シアード王子……生きていたんですね。

 良かった……良かった……!!」


「お、おいおい、おっさん。

 あんた王妃の味方じゃなかったのかよ?」


 男は太い指で目頭を押さえた後、レンジの方に目を向けた。

 そして、先程とは違う、大らかな口調で語り出した。


「……俺はガラット。

 先代国王の時から、この城に仕えている。

 シアード王子の近衛騎士団・元隊長だったが、王妃に寝返ったふりをしてたんだよ。」


「おっさん、それ、半分はウソだろう?」


 ガラットは、少年の言葉に驚きを隠せないでいた。

 そしてなぜそう思ったのかを聞いた。


「王妃に寝返ったとはいえ、王妃の苦しみを知っちまってから、情が移っちまったんじゃねぇのか?」


「……何故そう思うんだ?」


「あんたの攻撃が、本気じゃねぇからさ。

 あんた、手加減してただろ。

 あんたの力じゃ、俺を殺すことだって出来たはずだぜ?

 俺、殴り合いには慣れてんだ。

 手ェ抜いてるかどうかなんて、大体分かるさ。」


「……全部お見通しってワケか。

 まいったな、こりゃ。」


 少年の言葉に、ガラットは笑いが込み上げてきた。

 込み上げる笑いを堪えられなくなり、声を出して笑う。

 その声が一通り、訓練場に響き終わった時、窓から見える高い離れの塔を指した。


「お前にだけは教えてやるよ。

 実はな、先代国王は生きている。

 王妃があの塔の中に匿ってるんだ。

 事が片付いてからでもいい、シアード王子と向かってくれ。」


「分かったよ、おっさん!」


 おっさん、と呼ぶレンジの言葉に、可笑しさが込み上げてくる。

 この真っ直ぐで正直な少年に、ガラットは興味が湧いた。


「チビ、名前は?」


「チビじゃねぇよ、レンジだ。」


「俺もおっさんじゃねぇ、ガラットだ。」


「そうか。

 じゃあな、ガラットのおっさん!」


 レンジはガラットに手を振って、ハープ達の後を追った。

 ガラットは、ドカッと胡坐をかいてその場に座った。


「シアード王子は、いい仲間に恵まれたなぁ。」


 ガラットは、何処かでで聞いたことあるセリフを呟き、何処かで見たことのある銘柄の煙草に火をつけた。

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