57.いなくならないで
シアードとセレスは、カリナーン城の二階にいた。
二人は、見晴らしのいい渡り廊下から訓練場を眺めている。
しばらくすると、そこから兵士が流れ出てきた。
その兵士達の中には、集落の人々の姿があった。
わらわらと揺れ動く人混みの中、シアードはある光景を目にする。
バートは気を失っているのだろうか、ぐったりと背負われていた。
「良かった!
レンジ達、ちゃんと助けられたんだね!」
セレスには見えてなかったのだろう。
それもそのはずである。
シアードは、レンジやハープ、集落の人々はもちろんのこと、老いたバートの身を心の中でずっと案じていたのだ。
本当は今すぐ戻って助けてやりたい、傍にいてやりたい。
シアードは白馬の手綱を強く握ると、甘い考えを捨てた。
一方で、セレスは、自分は不謹慎だと思っていた。
こんな状況で、考えてはいけないことが頭をよぎる。
この戦いが終わったら、シアードはこの国の王になるのだろうか。
そうなれば、自分達との旅はここで終わりとなる。
それよりも、何よりも考えてしまうのが、ルナ姫のことであった。
元々はカリナーンの第一王子との婚姻が約束されていたと、彼女は言っていた。
第一王子、すなわちシアードのことである。
シアードがこの国に戻るとなると、自ずとルナ姫と結ばれることになる。
それは最初から、自分とシアードが出会う前から決められていたことだった。
しかし───。
「……どうした。」
セレスは無言で、シアードの背中を強く抱きしめた。
先に約束を交わしていようが、自分達が過ごしたかけがえのない時間には勝てない。
誰にも取られたくない、渡したくない。
想いが抑えきれなかった。
「……シアードは、この国の王になるの?」
「何だ急に。」
シアードは手綱を緩め、こちらを見ようとした。
しかし、セレスは見られたくないのか、シアードの背中に顔を埋める。
「そうなったら、ルナ姫と結婚するの?」
「今は何も考えちゃいない。」
シアードを抱きしめる手に、力が入る。
「……いなくならないで。」
セレスは呟くような声で、シアードに伝えた。
辺りは大砲の音や兵士の声でやかましいが、その声は確かに彼に届いていた、はずなのに。
「しっかり掴まってろ。」
何の反応も返ってこないまま、シアードは白馬の手綱を操る。
不慣れな左手で剣を握り、時折目掛けて飛んでくる矢を打ち払っていた。
セレスは、自分を恥じた。
目の前にいる想い人は己の故郷のために、国民のために命を賭して戦っている。
それなのに自分は、自分のことばかり考えていた。
セレスは、きゅっと唇を噛みしめた。
「いただきィっ!」
シアードの真上から、軽装の兵士が剣を振りかざしている。
他の兵士を斬り捨てたばかりの彼は、剣を構えるのが遅れてしまう。
馬上のシアードがその兵士の姿を認識した途端、兵士は顔を押さえながら床に転げ落ち、ごろごろとのたうち回っていた。
セレスが、鞭で男の顔を打ったのだ。
「大丈夫、援護は任せて!」
今、自分にできることをやろう。
彼が自分を選んでくれたことを、後悔させないためにも。
セレスは鞭を握りしめ、気持ちを切り替えた。
そして、王の間へ続く廊下へやってきたとき、馬上がぐらついた。
「シリウス!?」
白馬の後脚が、がくがくと震えていた。
馬上から下りると、太ももに剣が突き刺さっていた。
この剣は先程、軽装の兵士が持っていた物だ。
兵士が狙ったのは、シアードではなく、白馬だった。
後脚はもう既に、ほぼ機能していない。
白馬は血を流し、痛みに耐えながらひきずるように歩いていたその時、無情にも多くの兵士がこちらに向かって来た。
「いたぞ!!」
獲物を見つけたかのように、兵士がこちらに駆け寄ってくる。
シアード達は、王の間に行く前にある小さな倉庫へ向かう。
「セレス、シリウスを頼む。」
負傷した白馬の手綱をセレスに手渡し、シアードは両手で剣を握った。
セレスは頷くと、白馬を連れて倉庫へと入っていった。
「シアードぉ!
お前の首をもらうぜぇ!!
褒美がまってらぁ!!」
舌を出しながら、兵士は汚い言葉を吐く。
金目当てで兵士になったごろつきが、シアードの剣技に対抗できるはずもない。
シアードの剣さばきによって、その場にいる兵士の武器は、金属音と共にすべて地面に落ちた。
「王子サマ、み、見逃してくれよ。
俺たちゃ、ただ金がほしいだけなんだ……。」
「そうそう、酒が毎日飲めるっていうから、王妃に雇われてただけで……。」
先程とはうって変わってヘラヘラする兵士、いや、ごろつきの態度に反吐が出そうになった。
「失せろ。」
シアードはごろつき達を睨み付け、低い声で言い放った。
その場にいた皆は、すごい速さで逃げていく。
「い、言われなくてもそうする、よッ!!」
シアードが背を向け、倉庫に入ろうとした瞬間、ごろつきの一人が隠し持っていたナイフでシアードの頭を刺そうと飛び上がった。
しかし、その動きはシアードの頭上で止まった。
シアードは、ごろつきの身体を真っ直ぐ剣で貫いた。
振り払うようにごろつきの亡骸を地面に下ろし、顔に手を当て目を閉じさせると、無言で倉庫の中へと入っていった。
そこには、弱々しく啜り鳴く白馬と、一生懸命に治癒魔法をかけ続けるセレスの姿があった。
治癒魔法をかけ続けているにもかかわらず、傷は一向にふさがらない。
セレスはシアードの顔を見ると、悲しげに首を横に振った。
「傷が深すぎて、もう……。」
「そうか。」
シアードは、そっと白馬を抱きしめた。
「ごめんな。
お前も、お前の父親も、俺なんかのところに生まれたせいでこんな辛い目に合わせてしまって……。
本当に……本当にすまない。」
白馬の呼吸が、徐々に小さくなっていく。
そして、白馬はシアードに身を預け、眠りにつくように目を閉じたまま息を引き取った。
セレスは声がかけられないでいた。
そして、初めて見たのだ。
彼が涙する、その姿を───。
「……行こう。」
シアードは立ち上がって、座っているセレスの手を引いた。
女の勘、というものか。
セレスは少しだけ繋いだ手から、嫌な予感を感じた。




