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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -後編-
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54/207

54.ダチュラの実

 マリーは、以前よりもさらにリアンの貧民街へ足繁く通うようになった。

 王がやれ政治だ外交だと勤しんでいるうちに、兵士を増やしていく。


「なぁ、金をくれ。

 酒が飲みたいんだよぉ。」


 相変わらずごろつきが寄ってくる。

 いつもなら相手にせず無視していたのだが、彼女の態度はあの日を境に一変する。


「───仕事ならあるわよ。」


 悪魔の笑みを浮かべながら。

 飢えたハイエナのごとく寄ってくる男達を、片っ端から兵士として雇うようになった。

 ある日、貧民街で雇った兵士の一人が、全身棘だらけの緑色実を見せてきた。


「へへ……王妃さんよぉ。

 コイツはいらないかい?」


「何よこれ?

 危なっかしいわね。」


「コイツはダチュラの実さ。

 これを使えば一瞬にしてユートピア、なんてな!

 幻覚が見えるんだよぉ、すっげぇのがさぁ。

 使い続ければ脳みそがスカスカになっちまうけど、コイツをキめれば最高の気分になれるぜぇ。」


 心の中の悪魔は囁き続ける。

 マリーは己の野望を叶えるため、迷いはなかった。

 ふっ、と邪悪な笑みを浮かべると、無言で男に金を渡し、それを買った。

 そしてそれを、自分が雇った料理長に横流しにした。

 王の食事の隠し味として入れるようにという、おぞましい指示と共に───。


 ダチュラの実の効果はすぐに表れた。

 王は瞬く間に、慢性的に幻覚を見るようになり、やがて床に臥せた。


 そして、シェネルが六歳になった時、第一王子と大臣が亡命した。


 兵からその知らせを聞いたとき、マリーは初めて心の底から笑った。

 王はもう、国を統治するところではない。

 そしてあの忌々しい第一王子も大臣も消えた。

 自分を邪魔するものはもういない。

 

 それからマリーは、シアードの味方ばかりしていた側近を、でたらめな刑罰を科して片っ端から処刑した。

 自ら望んで処刑台に立った者もいれば、あっさりと寝返った者もいた。

 貧民街にいても城にいても、人間とは醜くあさましいものだと、彼女は常々思う。

 そしてある程度、城の中を自分色に染めた後、国王は亡くなったのだと国民に告げ、第二王子シェネルに王位を継がせた。

 たった六歳の国王が、この世に誕生した瞬間だった。


「母上。

 僕、王様になんかなりたくないよ。」


「大丈夫、私がいるわ。」


 こうして、マリーがカリナーンの実権をほぼ握るようになった。

 側近達は、子供の王よりも、王妃に申し立てするようになる。

 もちろん、その側近というのは、貧民街出身の者で形成されたものだ。

 自分達にとって都合の良いことは、政治も分からない王に許しを得て好き勝手する者も出てきたが、王妃はそんなものになど興味がなかった。

 王妃が考えていたのは、大地だの、花だの、それらを愛して暮らすこの国の風土や国民を、改革することだった。


 全てを手に入れた王妃は、煌びやかなドレスや宝石、政治の実権を握るだけでは満足できなくなっていた。

 いつしか、このユニベルを手中に治めようと企てるようになった。

 そのためには、まず武力を強化しなければならない。

 大砲の一つも置いていない腑抜けたこの国を、根本から変えていかなければならない。

 すべては、シェネルをユニベルの王にするために。



「王妃様、王妃様!」


 リジェの集落に向かったはずの兵士が、息を切らして王の間に舞い戻ってきた。


「何よ、騒々しい。」


「リジェの集落に……第一王子がいます!

 王妃に伝えろとのことでして……。」


 玉座に腰かけていたシェネルが、思わず立ち上がる。

 王妃は右手を静かに上げ、側近にワインを持たせるよう指示した。

 そして、グラスに注がれた真っ赤なそれを、兵士に渡す。


「喉が渇いているでしょう?

 飲むがいいわ、あなたのために用意させたんだから。」


「こ、光栄です!

 へへ、ありがてぇ……。」


 男はくっ、と口に含んだ瞬間、がたがたと震えだした。

 そして、ゴポッ、と勢いよく血とワインが混ざった液体を口から吐いたと思うと、そのまま目を開けたまま息を引き取った。

 その姿に、少年の王も王妃も、眉ひとつ動かさない。


「この死骸を部屋に。」


「はっ!」


 毒殺された兵士の亡骸は、何処かの部屋へと運ばれていった。


「クックック……おもしろいじゃない。

 それにしても、よくのこのこと帰ってこられたものよ。」


「母上、兄上は生きていたのですね……。」


 弱気に話すシェネルを、王妃は優しく抱きしめる。


「第一王子なんかに王位は渡さないわ。

 大丈夫、私が始末してあげるから。

 あなたは安心してこの玉座に座っていなさい。」


 シェネルは抵抗することなく、まるで意思を持たない人形のように、ただ黙って抱きしめられていた。

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