54.ダチュラの実
マリーは、以前よりもさらにリアンの貧民街へ足繁く通うようになった。
王がやれ政治だ外交だと勤しんでいるうちに、兵士を増やしていく。
「なぁ、金をくれ。
酒が飲みたいんだよぉ。」
相変わらずごろつきが寄ってくる。
いつもなら相手にせず無視していたのだが、彼女の態度はあの日を境に一変する。
「───仕事ならあるわよ。」
悪魔の笑みを浮かべながら。
飢えたハイエナのごとく寄ってくる男達を、片っ端から兵士として雇うようになった。
ある日、貧民街で雇った兵士の一人が、全身棘だらけの緑色実を見せてきた。
「へへ……王妃さんよぉ。
コイツはいらないかい?」
「何よこれ?
危なっかしいわね。」
「コイツはダチュラの実さ。
これを使えば一瞬にしてユートピア、なんてな!
幻覚が見えるんだよぉ、すっげぇのがさぁ。
使い続ければ脳みそがスカスカになっちまうけど、コイツをキめれば最高の気分になれるぜぇ。」
心の中の悪魔は囁き続ける。
マリーは己の野望を叶えるため、迷いはなかった。
ふっ、と邪悪な笑みを浮かべると、無言で男に金を渡し、それを買った。
そしてそれを、自分が雇った料理長に横流しにした。
王の食事の隠し味として入れるようにという、おぞましい指示と共に───。
ダチュラの実の効果はすぐに表れた。
王は瞬く間に、慢性的に幻覚を見るようになり、やがて床に臥せた。
そして、シェネルが六歳になった時、第一王子と大臣が亡命した。
兵からその知らせを聞いたとき、マリーは初めて心の底から笑った。
王はもう、国を統治するところではない。
そしてあの忌々しい第一王子も大臣も消えた。
自分を邪魔するものはもういない。
それからマリーは、シアードの味方ばかりしていた側近を、でたらめな刑罰を科して片っ端から処刑した。
自ら望んで処刑台に立った者もいれば、あっさりと寝返った者もいた。
貧民街にいても城にいても、人間とは醜くあさましいものだと、彼女は常々思う。
そしてある程度、城の中を自分色に染めた後、国王は亡くなったのだと国民に告げ、第二王子シェネルに王位を継がせた。
たった六歳の国王が、この世に誕生した瞬間だった。
「母上。
僕、王様になんかなりたくないよ。」
「大丈夫、私がいるわ。」
こうして、マリーがカリナーンの実権をほぼ握るようになった。
側近達は、子供の王よりも、王妃に申し立てするようになる。
もちろん、その側近というのは、貧民街出身の者で形成されたものだ。
自分達にとって都合の良いことは、政治も分からない王に許しを得て好き勝手する者も出てきたが、王妃はそんなものになど興味がなかった。
王妃が考えていたのは、大地だの、花だの、それらを愛して暮らすこの国の風土や国民を、改革することだった。
全てを手に入れた王妃は、煌びやかなドレスや宝石、政治の実権を握るだけでは満足できなくなっていた。
いつしか、このユニベルを手中に治めようと企てるようになった。
そのためには、まず武力を強化しなければならない。
大砲の一つも置いていない腑抜けたこの国を、根本から変えていかなければならない。
すべては、シェネルをユニベルの王にするために。
「王妃様、王妃様!」
リジェの集落に向かったはずの兵士が、息を切らして王の間に舞い戻ってきた。
「何よ、騒々しい。」
「リジェの集落に……第一王子がいます!
王妃に伝えろとのことでして……。」
玉座に腰かけていたシェネルが、思わず立ち上がる。
王妃は右手を静かに上げ、側近にワインを持たせるよう指示した。
そして、グラスに注がれた真っ赤なそれを、兵士に渡す。
「喉が渇いているでしょう?
飲むがいいわ、あなたのために用意させたんだから。」
「こ、光栄です!
へへ、ありがてぇ……。」
男はくっ、と口に含んだ瞬間、がたがたと震えだした。
そして、ゴポッ、と勢いよく血とワインが混ざった液体を口から吐いたと思うと、そのまま目を開けたまま息を引き取った。
その姿に、少年の王も王妃も、眉ひとつ動かさない。
「この死骸を部屋に。」
「はっ!」
毒殺された兵士の亡骸は、何処かの部屋へと運ばれていった。
「クックック……おもしろいじゃない。
それにしても、よくのこのこと帰ってこられたものよ。」
「母上、兄上は生きていたのですね……。」
弱気に話すシェネルを、王妃は優しく抱きしめる。
「第一王子なんかに王位は渡さないわ。
大丈夫、私が始末してあげるから。
あなたは安心してこの玉座に座っていなさい。」
シェネルは抵抗することなく、まるで意思を持たない人形のように、ただ黙って抱きしめられていた。




