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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -後編-
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53/207

53.花が黒に染まる時

 それから程なくして、マリーは国王の子を身籠った。

 皆、彼女の懐妊を喜ぶが、それは上辺だけであることなど彼女は見通していた。

 

 マリーは妊娠を喜んだ。

 自分の子が無事に産まれるよう願い、養生した。

 もしこの子が男の子であるならば、国王は溺愛する第一王子のように、この子にも愛情を注いでくれると信じてやまなかった。

 自分への愛など、とうに冷めつつある国王だが、我が子なら可愛がってくれるだろう。

 愛されなくなった彼女は、そうなることを願い続けた。


 第一王子が三つになろうとする時、我が子は誕生した。

 男の子だった。


「髪の色が……黒……?」


 子供を取り上げた老婆が目を見開き、呼吸が整わないままでいるマリーに声を荒らげた。


「王妃様……あなた、髪を染めていたんだね。

 亡くなられたリーネ王妃に似せて、王様をだまくらかしたんだね!?

 あぁ、何て卑しい人なんだろう!」


 出産という大仕事をやり遂げたにも関わらず、誰一人、マリーに労いの言葉をかける者はいなかった。

 確かに自分は、髪を銀色に染めていた。

 しかし、騙すつもりなどなかった。

 リアンで助けてくれた国王に恋焦がれ、ここまで来た。

 初めは一目見るだけでよかったはずなのに、どんどん愛されたいと願うようになり、そしてめでたく結ばれた。

 しかし、それは自分の中だけで描いた儚い物語だったのかもしれない。

 そこで終わらないのが現実だ。

 幸福よりも大きな絶望が、これからじわじわと彼女を蝕んでいく───。


「子どもが産まれたの。

 男の子よ。

 あなたに、名前を付けてほしいの。」


 第一王子を膝に抱いて玉座に座る王へ、マリーは頼んだ。

 しかし、王妃が激痛に耐えて産んだ我が子に、王は見向きもしない。

 第一王子が、抱いている赤子に興味を示す。

 その眼差しには、「弟が産まれた」という喜びが込められているようだが、今のマリーにとっては鬱陶しいものでしかない。


「……何故なにゆえ、髪の色が黒い?」


 問いかけてくる王の声は低く、冷たい。


「私の髪の色は金色だ。

 お前は、銀色のはずだろう。」


「それは……。」


 老婆の言葉が頭をよぎる。

 だまくらかした、という言葉が頭の中で繰り返される。

 そんなつもりなどないが、髪を銀色に染めていたとは到底言えなかった。

 しかし、王はすでに気づいていた。

 産前産後と、長らく染髪していなかったため、銀髪の根本からは元の黒い髪が姿を現していた。

 マリーはただ、分かってほしかった。


 騙すつもりなどなかった事を。

 ただ、国王が好きだったということを。


 それからマリーは、寂しさを紛らわすため、度々一人でリアンを訪れていた。

 貧民街の前を通ると、埃くさい、決していい匂いではない生活臭が漂っている。

 マリーにとっては、生まれながらに吸ってきた空気であり、妙に落ち着いた。

 そこへ、貧民街のある男が寄ってきた。


「なぁ、あんたマーガレットだろ?

 金だ、金をくれ。

 今のあんたなら掃いて捨てるほどあるだろう?」


 本当の名前で呼ばれた。

 ほんの数年前のことなのに、その男の顔はひどく懐かしかった。

 つぎはぎだらけの服を着ているその男は、かつて自分をリーネ王妃そっくりに仕立てあげてくれた富豪だった。

 大方、商売に失敗して、この貧民街へと落ちぶれていったのだろう。

 しかし、自分はもう王家の人間だ。

 こんな汚らわしい男の事など、知らない。


「この……恩知らずめ!」


 マリーは、男の罵倒を無視して、そのまま貧民街から離れた。


 それから、事件は起きた。

 中庭での落馬事故だ。

 王や城の重鎮が見守る中、第一王子と我が子シェネルが落馬してしまった。


「シアード!」


 父である王は、第一王子の名前しか呼ばなかった。

 シェネルが倒れたままでいるにも関わらず、周りの側近達は誰一人、シェネルのところには向かわない。

 孤独だ。

 何もないところにたった一人でいる孤独よりも、人がいる中での孤独は何よりも辛いものだと、マリーは確信した。

 呆然とアケル親子を見つめていたら、シェネルが泣き出した。

 抱き上げても泣き止まない我が子に、側近の一人が血走った眼で睨み付けて言った。


「うるさいぞ!

 泣き止まないのなら、早く何処かへ連れて行け!」


 マリーは、離れにある自分の部屋までシェネルを抱いたまま駆けて行った。

 螺旋階段を上った先にある、薄暗い部屋の扉を閉めると、崩れ落ちるように泣き叫んだ。


「母上、どこか痛いの?」


 嗚咽交じりに泣いている自分を見上げながら、シェネルは言う。

 化粧も剥がれ落ち、ぐしゃぐしゃになった自分の顔を、シェネルは小さな手のひらで吹いてくれた。

 自分を取り巻く環境も、自分自身も歪んでいく中で、シェネルは心の優しい子に育っていた。

 彼女はその喜びを感じた直後、ずっと心の奥底で抑えていた憎悪の箱を開けた。


「あっはっははは……あーっはははは!!」


 片手で顔の半分を押さえながら、涙を流しながら高笑いを上げる。


 王も、あの忌々しい第一王子も、歪みきったこの国も、必ずこの手で潰してやる。

 そして、我が子シェネルを、カリナーンの王にする。


 マリーの心に、悪魔が宿った瞬間だった。

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