表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -後編-
PR
52/207

52.偽りの銀の花

 彼女の家は、夜な夜なきしんだ音を立てる家だと貧民街で有名になった。

 富豪の男達の間では、彼女はこの国の王妃に似ているという噂だ。

 リーネ王妃に恋してやまないリッチな豚が、今日も金を持って彼女の家を訪問する。

 彼女は専ら、金持ちしか相手にしなくなった。


「あぁ……。

 まるで、リーネ王妃を抱いているみたいだ……。」


 ある日、身体を重ねる最中に富豪の男が呟いた。

 彼女は、それを聞き逃さなかった。

 すぐさま行為を止め、男に詰め寄った。


「それ、どういう事?」


「君は、亡くなられたカリナーンの王妃によく似ている。

 銀の髪と瑠璃色の瞳が特徴的でね、それはそれは美しい方だった。

 去年、王子を産んでそのまま亡くなられたんだ。

 まぁ、今はそんなことはどうでもいいじゃないか、だから……ね。」


 男は一糸纏わぬ姿でいる彼女を背中から抱きしめ、いやらしい手付きで全身をまさぐる。

 彼女はこの時、目を閉じてはあの若き国王の姿を思い浮かべる。


 まるで、彼に抱かれているかのように───。


 体が揺れる時、ふと、自分の黒髪が目に入る。

 客の中には、彼女の長い黒髪を掴んで乱暴に扱う者もいる。


 もし、この髪を銀色に染めたら……あたしは王妃の代わりになれるのかな。

 そうしたら、王様は振り向いてくれるかしら。

 でも、身分があまりにも違いすぎる。


「ねぇ、富豪様。

 お願いがあるの。」


 彼女は心のこもらない接吻をし、その日の客にねだった。


「何だい?

 何でも言ってごらん。」


「あたし、リーネ王妃になりたいの。」


 自分は王妃の姿を知らないため、癪だがこの男に頼るしかなかった。

 彼女は、あの日からずっと忘れられないでいる国王に会いたかったのだ。

 それから、彼女は男の勧める通りに髪を銀色に染め、ドレスを身に纏った。


「おぉ、まるでリーネ王妃の生き写しのようだ。」


 男は、自分の援助で華麗に変身した彼女を下から上へ、上から下へとまじまじと眺める。

 もちろん、ちゃんと味見することも忘れない。

 しかし、それだけ見た目を似せても、教養や言葉遣い、仕草といった諸々はそう簡単に変えられない。

 彼女は口を開くたび、自分の言葉遣いに嫌気がさす。

 

 ある日、男はカリナーンに商品を卸しに行くというので、半ば強引に彼女はついていった。

 いくら王妃に似ていても、男は彼女を姫のようには扱ってくれなかった。

 馬車の中で、積荷と共に揺られながら彼女は国王と会うのを待ちわびている。

 男についていって、カリナーンの城に入った途端、彼女は王の間へ行くよう男を急かした。

 だが、国王は王の間におらず、中庭で王子と戯れていると兵士が、聞いたこともないような丁寧な言葉で話す。

 城内は静かであると、どんな声も響く。

 囁くような声も、自分の耳には自ずと入ってくる。


「あちらの美しい女性は一体誰だ?」


「まるで王妃様にそっくりだ!」


「羨ましいくらい綺麗だわ……。」


 彼女は、ぞくぞくした。

 まるでリアンにいる時とは大違いだ。

 時折、自分に見とれているであろう兵士と目が合う。

 すると兵士は、頬を真っ赤に染め、焦りながらぺこぺこと頭を下げる。

 彼女は、行きたいところがあると男に告げ、一人で中庭を目指す。

 そこには、白馬に乗った国王と、幼い男の子の姿があった。

 近くでそれをたしなめようとする男は、あの時、赤子を抱いていた者だった。

 となると、あの幼い男の子が、あの時の赤子であろう。

 彼女の心は満たされた。

 好きで好きでたまらない国王の姿を、遠くから一目でも見ることができたのだ。

 静かにその場を立ち去ろうとしたとき、彼女の手は何者かによって掴まれた。


「きゃっ!」


 いきなりの出来事に、思わず声が出た。

 すると、そこには少し息を切らした国王の姿があった。


「驚かせてすまない。

 名を、そなたの名を聞かせてくれないか。」


 マーガレット。

 確かにそう言おうとした。

 しかし、彼女の中にある、今までの生き様がそう名乗ることを許さなかった。


「……マ、マリーよ。」


 この日から、彼女は本当の名を捨てた。

 今までの汚れた自分と、決別するかのように。


 それから一月もせず、国王はリアンの貧民街に「マリー」を迎えに来た。

 国王は周りの反対を押し切って、マリーを王妃として迎え入れた。

 彼女は、ただただ嬉しかった。

 国王の傍にいられるのなら、自分の名や姿かたちなど、どうでもよかった。

 自分に全く懐かないシアード王子の存在は少々面白くないが、それは自分の幸せには直接関係ないと、そう思っていた。

 

 国王は、一度だけマリーを抱いた。


「愛している。」


「私もです……。」


「リーネ。」


 目の前が真っ暗になった。

 自分は「マーガレット」という本当の名を捨てて、マリーと名乗っていた。

 しかし、本当の名はおろか、偽りの名でさえ呼んではもらえなかった。

 国王は、自分を通して亡くした妻を見ていたのだ。


 そうなることは、分かっていたことだった。

 自分も貧民街で体を揺らしていた時、目の前にいる相手を見ることなく、目を閉じて国王を想像していた。

 国王が今していることは、全く同じではないか。

 自分も散々、してきたことではないか。


 だけど、どうしてこんなにも悲しいのだろう。

 どうして、こんなにも、心が空しいのだろう───。


 涙の筋が伝う時、国王は彼女の上で果てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ