52.偽りの銀の花
彼女の家は、夜な夜な軋んだ音を立てる家だと貧民街で有名になった。
富豪の男達の間では、彼女はこの国の王妃に似ているという噂だ。
リーネ王妃に恋してやまないリッチな豚が、今日も金を持って彼女の家を訪問する。
彼女は専ら、金持ちしか相手にしなくなった。
「あぁ……。
まるで、リーネ王妃を抱いているみたいだ……。」
ある日、身体を重ねる最中に富豪の男が呟いた。
彼女は、それを聞き逃さなかった。
すぐさま行為を止め、男に詰め寄った。
「それ、どういう事?」
「君は、亡くなられたカリナーンの王妃によく似ている。
銀の髪と瑠璃色の瞳が特徴的でね、それはそれは美しい方だった。
去年、王子を産んでそのまま亡くなられたんだ。
まぁ、今はそんなことはどうでもいいじゃないか、だから……ね。」
男は一糸纏わぬ姿でいる彼女を背中から抱きしめ、いやらしい手付きで全身を弄る。
彼女はこの時、目を閉じてはあの若き国王の姿を思い浮かべる。
まるで、彼に抱かれているかのように───。
体が揺れる時、ふと、自分の黒髪が目に入る。
客の中には、彼女の長い黒髪を掴んで乱暴に扱う者もいる。
もし、この髪を銀色に染めたら……あたしは王妃の代わりになれるのかな。
そうしたら、王様は振り向いてくれるかしら。
でも、身分があまりにも違いすぎる。
「ねぇ、富豪様。
お願いがあるの。」
彼女は心のこもらない接吻をし、その日の客にねだった。
「何だい?
何でも言ってごらん。」
「あたし、リーネ王妃になりたいの。」
自分は王妃の姿を知らないため、癪だがこの男に頼るしかなかった。
彼女は、あの日からずっと忘れられないでいる国王に会いたかったのだ。
それから、彼女は男の勧める通りに髪を銀色に染め、ドレスを身に纏った。
「おぉ、まるでリーネ王妃の生き写しのようだ。」
男は、自分の援助で華麗に変身した彼女を下から上へ、上から下へとまじまじと眺める。
もちろん、ちゃんと味見することも忘れない。
しかし、それだけ見た目を似せても、教養や言葉遣い、仕草といった諸々はそう簡単に変えられない。
彼女は口を開くたび、自分の言葉遣いに嫌気がさす。
ある日、男はカリナーンに商品を卸しに行くというので、半ば強引に彼女はついていった。
いくら王妃に似ていても、男は彼女を姫のようには扱ってくれなかった。
馬車の中で、積荷と共に揺られながら彼女は国王と会うのを待ちわびている。
男についていって、カリナーンの城に入った途端、彼女は王の間へ行くよう男を急かした。
だが、国王は王の間におらず、中庭で王子と戯れていると兵士が、聞いたこともないような丁寧な言葉で話す。
城内は静かであると、どんな声も響く。
囁くような声も、自分の耳には自ずと入ってくる。
「あちらの美しい女性は一体誰だ?」
「まるで王妃様にそっくりだ!」
「羨ましいくらい綺麗だわ……。」
彼女は、ぞくぞくした。
まるでリアンにいる時とは大違いだ。
時折、自分に見とれているであろう兵士と目が合う。
すると兵士は、頬を真っ赤に染め、焦りながらぺこぺこと頭を下げる。
彼女は、行きたいところがあると男に告げ、一人で中庭を目指す。
そこには、白馬に乗った国王と、幼い男の子の姿があった。
近くでそれを窘めようとする男は、あの時、赤子を抱いていた者だった。
となると、あの幼い男の子が、あの時の赤子であろう。
彼女の心は満たされた。
好きで好きでたまらない国王の姿を、遠くから一目でも見ることができたのだ。
静かにその場を立ち去ろうとしたとき、彼女の手は何者かによって掴まれた。
「きゃっ!」
いきなりの出来事に、思わず声が出た。
すると、そこには少し息を切らした国王の姿があった。
「驚かせてすまない。
名を、そなたの名を聞かせてくれないか。」
マーガレット。
確かにそう言おうとした。
しかし、彼女の中にある、今までの生き様がそう名乗ることを許さなかった。
「……マ、マリーよ。」
この日から、彼女は本当の名を捨てた。
今までの汚れた自分と、決別するかのように。
それから一月もせず、国王はリアンの貧民街に「マリー」を迎えに来た。
国王は周りの反対を押し切って、マリーを王妃として迎え入れた。
彼女は、ただただ嬉しかった。
国王の傍にいられるのなら、自分の名や姿かたちなど、どうでもよかった。
自分に全く懐かないシアード王子の存在は少々面白くないが、それは自分の幸せには直接関係ないと、そう思っていた。
国王は、一度だけマリーを抱いた。
「愛している。」
「私もです……。」
「リーネ。」
目の前が真っ暗になった。
自分は「マーガレット」という本当の名を捨てて、マリーと名乗っていた。
しかし、本当の名はおろか、偽りの名でさえ呼んではもらえなかった。
国王は、自分を通して亡くした妻を見ていたのだ。
そうなることは、分かっていたことだった。
自分も貧民街で体を揺らしていた時、目の前にいる相手を見ることなく、目を閉じて国王を想像していた。
国王が今していることは、全く同じではないか。
自分も散々、してきたことではないか。
だけど、どうしてこんなにも悲しいのだろう。
どうして、こんなにも、心が空しいのだろう───。
涙の筋が伝う時、国王は彼女の上で果てた。




