51.貧民街に咲く、貧しくも美しい花
私の記憶は、パンを踏まれるところから始まる。
「お金、ちゃんと払ってよ!!」
少女は、リアンの貧民街でパンを売ることで、僅かばかりの金を得ていた。
父も母も幼くして亡くなり、少女は日々生きていくためにパンを焼き、それを街中で売っていた。
しかし、子供の小さな手が作ったパンなど形もいびつで、まともな値段では買ってもらえなかった。
銅貨一枚で、二つも三つも買われていく場合がほとんどだ。
今日も売れ残ったパンを家に持ち帰り、夕食に当てようと思っていた矢先、貧民街の男達に絡まれた。
男達は、パンの入った少女の籠に手を突っ込み、がつがつと貪った。
少女の声を無視し、パンを貪っていたら、男達のうちの一人が少女に体当りされた。
すると、手に持っていたパンが、汚い地面に勢いよく落ちた。
「あ、あたしのパン!」
少女は落ちたパンを拾おうと、地面にしゃがむ。
しかし、そのパンはポフッと軽い音を立てて、目の前で踏みつぶされた。
パンの僅かな膨らみは、真っ平らになった。
「こんなまずそうなパンを食ってやっただけでも、感謝してもらいてぇよなぁ。」
「ひゃっはは!
全くだぜ、ひゃははは!!」
男達はそう言い残し、潰れたパンに唾を吐きかけるとその場から姿を消した。
こんなことは日常茶飯事だ。
少女は泣かなかった。
いや、もう涙など枯れ果ててしまっていたのかもしれない。
街中ではまだ明るく感じていたが、貧民街には街灯などほぼほぼ無く、夜の帳が下りる。
「お金……ほしいなぁ……。」
少女はそう呟くと、家路を急ぐ。
そんな生活が、十年程続いた。
少女は、時と共に胸が膨らみ、色気を醸し出すようになったが、貧しい生活は昔と変わらないままだった。
パンがよく売れた日があった。
その日に彼女は、僅かばかりの金を握りしめてリアンの中心街に向かった。
そこには、街の富豪などの御用達のブティックが並んでおり、彼女は持っている服で一番まともな服を着て、足を踏み入れた。
ずっと欲しかった、真珠の髪飾り。
それは、ケースの中にひっそりと並んでいた。
うっとりと見とれている内に、背中に痛いほどの視線を感じた。
そこを振り向くと、着飾った貴婦人や、立派なマントを羽織った紳士、自分と同じ年齢ほどの女性が、汚い物を見るかのような表情でこちらを見ている。
まるで、場違いだ、と言わんばかりの視線を向けてくる。
「なんてみすぼらしい……。」
「まぁひどい格好、場違いだわ。」
「リアンの景観が損なわれる。
とっとと貧民街に帰ればいいのに。」
紳士の言った一言に、「全くだ」と声が上がり、あたり一帯から笑い声が湧いた。
───泣くもんか、馬鹿にされるのは慣れてる。
彼女は唇をキュッと噛みしめ、聞こえないふりをして耐えていた。
「今、彼女を笑ったのは誰だ!?」
若い男性の怒鳴り声が響いた。
その男のほうをちらっと見ると、若々しさが溢れる貴公子が立っていた。
「ア、アケル国王……!」
紳士の驚く声で、彼の名前を知った。
「同じ人間として恥ずかしいと思わぬのか!?
貴様だけじゃない、ここにいる全員に申しているのだぞ!
女性が着飾りたいと思うのは、至極当然の事だろう!
ここにいる連中は、身なりを着飾っていても中身は全くもって汚らわしい者ばかりだな!」
「アケル国王、言葉が過ぎますぞ!
そろそろカリナーンに戻りましょう。」
銀髪の赤子を抱いている側近らしき者が、国王を窘める。
国王は、「気分が悪い!」と、赤いマントを乱暴に羽織って側近と共にその場を去っていった。
彼女はもう、真珠の髪飾りなどいらなかった。
それ以上のものを、あの若者にもらったから───。
初めて、自分を庇ってくれる人に出会った。
周りが自分を馬鹿にしている中、ただ一人自分を庇ってくれた。
もう、その事実だけで十分だ。
彼女は、嬉しかったのだ。
彼女は、隙間風の吹く自分の部屋で、ベッドの上で涙を流した。
そして彼女は、家賃が払えなくなった。
「すみません、もう、お金がないの!」
「すみませんじゃねぇよ。
半年も滞納されちゃ、こっちも、ねぇ?」
「すみません、すみません!」
大家の男は、頭を下げる彼女の姿に、ごくっ、と生唾を飲んだ。
粗末なものに身を纏っているものの、胸のふくらみはかなり大きい。
それは、着ている服の隙間から見える谷間が物語っている。
男はそのまま彼女を押し倒し、首筋を舐めまわした。
「嫌ぁ!」
「大人しくしろ!
お前次第では、この家にこのまま住まわせてやってもいいんだぜ?」
男の言葉に、彼女は抵抗する気力をなくした。
汚らわしい男の弛んだ腹が、彼女の美しく白い肌に乗る。
簡素な家が軋む中、彼女は目を閉じて、今日出会った国王の顔をずっと思い浮かべていた。
彼女の長い睫毛には、涙の粒が浮かんでいた。
それから、どこから嗅ぎつけてきたのか、彼女の美しい容姿に男が蛆のように群がる。
時には、紳士の姿もあった。
「いくらなら抱かれてくれる?」
息を荒らげ、そう声を漏らす着飾った豚どもは、彼女にとって格好の獲物となる。




