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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -前編-
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49/207

49.ウソ

 レンジ達一行は、足早に王都カリナーンを後にした。

 いや、あの場所はもう、王都と呼ぶに値しない場所。

 飾りの王が統治する、ごろつきの城だ。

 今、あの城にいる兵士のほとんどは、おそらく王妃がリアンの貧民街から引っ張ってきたのだろう。

 政治の「せ」の字も知らない奴らは、一体何を守っているのだろう。

 先代の王に仕えた兵士が流出し、数を補うために働き手である街の男達を徴兵している。


 あそこまで躍起になって兵を集める理由は一体何なのか。


 こうした疑問が頭をよぎるが、もう自分には関係のないことだと、シアードは何度も自分に言い聞かせていた。

 

 リジェの集落が見えてきた時、バートが入り口でレンジ達の帰りを待っていた。

 四人の表情から、彼はどうだったかなどという安易な質問はしなかった。


「坊ちゃま……城の中に入られたのですね。

 そう、あれが今のカリナーンの姿です。

 王妃は、このユニベルを手に入れようと目論んでいるのです。

 そのために国民に重税を課すどころか、働き手である男達を徴兵し、武力を強化することに力を注いでおります。

 そのせいで何万もの民が苦しみ、命を落としました。」


 バートは握りしめた拳に力を入れ、シアードに告げる。


「ワシらはこれ以上、カリナーンを王妃の好き勝手にはさせん。

 近々、反乱を起こすつもりじゃ。

 坊ちゃま、いえ、シアード王子!

 ワシらはあなたに、指揮をとってほしいのじゃ。

 そして父上のあとを継いで、カリナーンの国王に───。」


「断る。」


「シアード!?」


 シアードの返事に、レンジ達も驚きの声を上げる。


「そんな……。」


 バートは、その場に力なくへたり込んだ。

 シアードならきっと同意してくれるだろうと、そう思っていた。


「……坊ちゃまは……このじいを恨んでおられるのですね。

 ワシが坊ちゃまを連れて行かなければ、エルバーも命を落とすことはなかった……。

 坊ちゃまがもしあのまま国に残っていれば、普通に王になられて、王妃を跳ね除けることも出来たかもしれません。

 坊ちゃまには、それだけの芯の強さがあった。」


「そんなんじゃない。」


「だったら何故!」


 バートは顔を上げた。

 そこには、涙で顔を濡らす老人の姿があった。


「俺は今、レンジ達と旅をしているんだ。

 俺達は俺達でユニベルに関わる使命があるし、時間も残されていない。

 それに、俺はもうこの国の王子ではない。

 王族の事情に、こいつらまで巻き込む必要はない。」


 シアードは、バートの手を握って身体を起こしてやると、無言のまま背負った。

 そして、彼の家を目指す。


「坊ちゃま。

 じいは幸せ者ですじゃ。

 生きている間に、坊ちゃまのたくましい姿を拝むことが出来たんじゃから。

 もう、いつ殺されても構わんですじゃ。」


 自分はいつの間に、こんなに涙もろくなったのだろう。

 バートは、シアードの背中で静かに涙を流し続ける。


「……一晩。

 一晩考える時間をくれないか。」


 バートの涙で濡れた首筋を拭うことなく、シアードは呟いた。


 このアルメイン大陸は「砂漠の灼熱大陸」という異名をもつが、砂漠の夜は冷える。

 シアードは一人、集落の真ん中にあるオアシスで煙草を吸っていた。


 もしこの姿をじいが見たら、発狂するだろうな。


 想像すると、可笑しくなった。


「隣、座るぜ。」


 そこに来たのは、レンジだった。

 しばらく無言の状態が続く。

 レンジには、隣に座る彼に聞きたいことが山ほどあった。

 カリナーンの様子を見て何を思ったのか。

 どうして今まで王子である身分を隠していたのか。

 探せば探すほど出てくるが、それはもう置いておこうと少年は飲み込んだ。

 シアードがもう一本煙草に火を付けた時、沈黙は破られる。


「なんか、こうしてるとアレス島の海岸を思い出すよな。」


「状況は大分大きくなったがな。」


「俺、その、うまく言えないんだけどさ……。

 手伝えることがあったら、何でも言ってくれよ?

 俺達、家族みたいなモンだろ?」


 レンジは、自分が情けなかった。

 いつも気の利いた言葉が出てこない。

 自分は幾度となくシアードに助けられてきた、支えられてきた。

 すると突然、青年は天を仰いで笑い出した。


「えっ?

 俺、何かおかしいこと言ったか?」


「家族って……俺はお前らのこと、そんな風に思っちゃいない。」


 シアードは、またもや自分と目を合わせない。

 なおもウソを吐き続けるシアードに、レンジは立ち上がって胸ぐらを掴んだ。

 そして、一発殴ってやろうと、片方の手で握り拳を作った。


「殴りたきゃ殴れよ。」


 シアードの挑発的な一言に、思わず拳が出る。

 咥えていた煙草が泉に、ぽちゃん、と軽い音を立てて落ちた。

 顔を背けたままでいる彼の表情は、銀色の髪に隠れて見えない。

 レンジはもう、言葉を選ばない。

 感情の赴くまま、彼に怒鳴った。


「ウソでもそんな事言うんじゃねぇよ……!

 今だってそうやって突き放しといて、俺達に内緒で一人で行くつもりだったんだろ!?

 見え見えなんだよ、お前のウソなんか!!

 何でお前はいつも一人で背負うんだよ!?」


 今日はどれだけの涙を見ただろう。

 バートとは対照的に、レンジはやかましく泣く。


「俺達じゃ頼りねぇってか!?

 それでも力になりてぇんだよ!

 俺いっつも助けられてばっかりで情けねぇけど、それでもシアードが困ってたら助けたいんだよ!

 巻き込みたくねぇとか言わずにさぁ、巻き込んでくれよ!

 俺やセレスが、お前に迷惑かけるみたいに!!」


「───あんたと私を一緒にしないでくれる?」


 男同士の会話に、女の声が混じる。

 そこには、セレスとハープが立っていた。

 セレスが、何か言いたげな表情をしている。

 だが、彼女は何も言わず、シアードの頬に手を当てて治癒魔法を唱えた。

 シアードは、こんなに自分の事を思ってくれているレンジとセレスを、家族だと思っていないと発言した自分を悔やんだ。


「……ごめんな。」


 シアードは立ち上がり、レンジとセレスを抱き寄せた。

 そして、鼻水を垂らしたレンジが子供のように声を上げて泣いた。

 我慢していたのだろう。

 セレスもレンジにつられて、声を上げて泣き出した。

 それを見ていたハープも、マントの裾で涙を拭う。


「坊ちゃま……。

 坊ちゃまは、いいお仲間に恵まれましたな。」


 その姿を遠くから見ていたバートは涙を流し、そして微笑んだ。

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