49.ウソ
レンジ達一行は、足早に王都カリナーンを後にした。
いや、あの場所はもう、王都と呼ぶに値しない場所。
飾りの王が統治する、ごろつきの城だ。
今、あの城にいる兵士のほとんどは、おそらく王妃がリアンの貧民街から引っ張ってきたのだろう。
政治の「せ」の字も知らない奴らは、一体何を守っているのだろう。
先代の王に仕えた兵士が流出し、数を補うために働き手である街の男達を徴兵している。
あそこまで躍起になって兵を集める理由は一体何なのか。
こうした疑問が頭をよぎるが、もう自分には関係のないことだと、シアードは何度も自分に言い聞かせていた。
リジェの集落が見えてきた時、バートが入り口でレンジ達の帰りを待っていた。
四人の表情から、彼はどうだったかなどという安易な質問はしなかった。
「坊ちゃま……城の中に入られたのですね。
そう、あれが今のカリナーンの姿です。
王妃は、このユニベルを手に入れようと目論んでいるのです。
そのために国民に重税を課すどころか、働き手である男達を徴兵し、武力を強化することに力を注いでおります。
そのせいで何万もの民が苦しみ、命を落としました。」
バートは握りしめた拳に力を入れ、シアードに告げる。
「ワシらはこれ以上、カリナーンを王妃の好き勝手にはさせん。
近々、反乱を起こすつもりじゃ。
坊ちゃま、いえ、シアード王子!
ワシらはあなたに、指揮をとってほしいのじゃ。
そして父上のあとを継いで、カリナーンの国王に───。」
「断る。」
「シアード!?」
シアードの返事に、レンジ達も驚きの声を上げる。
「そんな……。」
バートは、その場に力なくへたり込んだ。
シアードならきっと同意してくれるだろうと、そう思っていた。
「……坊ちゃまは……このじいを恨んでおられるのですね。
ワシが坊ちゃまを連れて行かなければ、エルバーも命を落とすことはなかった……。
坊ちゃまがもしあのまま国に残っていれば、普通に王になられて、王妃を跳ね除けることも出来たかもしれません。
坊ちゃまには、それだけの芯の強さがあった。」
「そんなんじゃない。」
「だったら何故!」
バートは顔を上げた。
そこには、涙で顔を濡らす老人の姿があった。
「俺は今、レンジ達と旅をしているんだ。
俺達は俺達でユニベルに関わる使命があるし、時間も残されていない。
それに、俺はもうこの国の王子ではない。
王族の事情に、こいつらまで巻き込む必要はない。」
シアードは、バートの手を握って身体を起こしてやると、無言のまま背負った。
そして、彼の家を目指す。
「坊ちゃま。
じいは幸せ者ですじゃ。
生きている間に、坊ちゃまのたくましい姿を拝むことが出来たんじゃから。
もう、いつ殺されても構わんですじゃ。」
自分はいつの間に、こんなに涙もろくなったのだろう。
バートは、シアードの背中で静かに涙を流し続ける。
「……一晩。
一晩考える時間をくれないか。」
バートの涙で濡れた首筋を拭うことなく、シアードは呟いた。
このアルメイン大陸は「砂漠の灼熱大陸」という異名をもつが、砂漠の夜は冷える。
シアードは一人、集落の真ん中にあるオアシスで煙草を吸っていた。
もしこの姿をじいが見たら、発狂するだろうな。
想像すると、可笑しくなった。
「隣、座るぜ。」
そこに来たのは、レンジだった。
しばらく無言の状態が続く。
レンジには、隣に座る彼に聞きたいことが山ほどあった。
カリナーンの様子を見て何を思ったのか。
どうして今まで王子である身分を隠していたのか。
探せば探すほど出てくるが、それはもう置いておこうと少年は飲み込んだ。
シアードがもう一本煙草に火を付けた時、沈黙は破られる。
「なんか、こうしてるとアレス島の海岸を思い出すよな。」
「状況は大分大きくなったがな。」
「俺、その、うまく言えないんだけどさ……。
手伝えることがあったら、何でも言ってくれよ?
俺達、家族みたいなモンだろ?」
レンジは、自分が情けなかった。
いつも気の利いた言葉が出てこない。
自分は幾度となくシアードに助けられてきた、支えられてきた。
すると突然、青年は天を仰いで笑い出した。
「えっ?
俺、何かおかしいこと言ったか?」
「家族って……俺はお前らのこと、そんな風に思っちゃいない。」
シアードは、またもや自分と目を合わせない。
なおもウソを吐き続けるシアードに、レンジは立ち上がって胸ぐらを掴んだ。
そして、一発殴ってやろうと、片方の手で握り拳を作った。
「殴りたきゃ殴れよ。」
シアードの挑発的な一言に、思わず拳が出る。
咥えていた煙草が泉に、ぽちゃん、と軽い音を立てて落ちた。
顔を背けたままでいる彼の表情は、銀色の髪に隠れて見えない。
レンジはもう、言葉を選ばない。
感情の赴くまま、彼に怒鳴った。
「ウソでもそんな事言うんじゃねぇよ……!
今だってそうやって突き放しといて、俺達に内緒で一人で行くつもりだったんだろ!?
見え見えなんだよ、お前のウソなんか!!
何でお前はいつも一人で背負うんだよ!?」
今日はどれだけの涙を見ただろう。
バートとは対照的に、レンジはやかましく泣く。
「俺達じゃ頼りねぇってか!?
それでも力になりてぇんだよ!
俺いっつも助けられてばっかりで情けねぇけど、それでもシアードが困ってたら助けたいんだよ!
巻き込みたくねぇとか言わずにさぁ、巻き込んでくれよ!
俺やセレスが、お前に迷惑かけるみたいに!!」
「───あんたと私を一緒にしないでくれる?」
男同士の会話に、女の声が混じる。
そこには、セレスとハープが立っていた。
セレスが、何か言いたげな表情をしている。
だが、彼女は何も言わず、シアードの頬に手を当てて治癒魔法を唱えた。
シアードは、こんなに自分の事を思ってくれているレンジとセレスを、家族だと思っていないと発言した自分を悔やんだ。
「……ごめんな。」
シアードは立ち上がり、レンジとセレスを抱き寄せた。
そして、鼻水を垂らしたレンジが子供のように声を上げて泣いた。
我慢していたのだろう。
セレスもレンジにつられて、声を上げて泣き出した。
それを見ていたハープも、マントの裾で涙を拭う。
「坊ちゃま……。
坊ちゃまは、いいお仲間に恵まれましたな。」
その姿を遠くから見ていたバートは涙を流し、そして微笑んだ。




