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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -前編-
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48/207

48.灰色の鼠

 城の中は不気味だ。

 確かに城内は綺麗に保たれているのだが、リューベルクの時のような澄んだ雰囲気ではない。

 城に似つかわしくない、下品な笑い声が時々聞こえる。

 すれちがう兵士の何人かが、非常に酒臭い。

 レンジ達がまず向かった先は、この城の調理場だった。


「どこに向かうかは、シアードに任せるからな。」


 彼は大胆不敵だ。

 この国の元王子であるにも関わらず、変装すらしていない。

 だが、変装など必要なかった。

 何故なら、この城のほとんどの兵士はシアードが目にしたことのない者ばかりだったからだ。

 向こうも、シアードに気づくことはほぼないだろう。

 おそらく、彼の味方をする者は大方処刑されたか、国を捨てたのだろう。

 確かにリジェの集落には、城に仕えていた者の姿も確認できた。

 シアードは、自分の生まれ育った城のはずなのに、まるで他の国の城にいるような気がしてならなかった。

 

「料理長?」


 シアードは、自分に真実を伝えてくれた料理長の行方を聞いた。


「あぁ、彼なら十年前に自殺したよ。

 第一王子と大臣がいなくなったのは、自分のせいだって言い残してさ。

 俺はその後雇われたから、よく分からんのだがね。

 君達、知り合いか?」


「いや、何でもない……ありがとう。」


 シアードはその事実に衝撃を受けた。

 人殺しにはなりたくない、と、自決した料理長は、王妃に雇われたとはいえ心の優しい温和な人間だった。


「オラァッ!

 何だァ、その突きは!?」


 調理場の付近にある、訓練場から怒鳴り声が聞こえる。

 四人は声のする方へと向かっていった。

 そこには、鎧を着た数名の兵士と、大勢の男達がいた。

 着ているものを見ると、恐らく街から連れて来られた国民だろう。

 そのうちの一人の男が、兵士に髪の毛を掴まれていた。


「お前よぉ、やる気あンのか?

 殺す気でやれ!」


「い……嫌だ……。」


「あぁン?」


 髪を掴まれている男は、口から血を流している。

 強く殴られたのだろうか、右目の上にも紫色の痣が出来ていた。


「俺の手は……誰かを殺すための手じゃない……。

 妻と子供が慈しんでくれた手だ……!」


「何ぬるいこと言っちゃってンの?

 カリナーンがユニベル一の大国になるためには、武力で他国を攻め落としていかなきゃならねぇンだからさぁ。

 ほーんと、頼むよ、ねぇ?」


 兵士は男を地面に叩きつけた。

 そして、あろうことか男の指を一本ずつ踏みつぶしている。 


「ぐわあぁっ!!」


 声にならない叫び声に、セレスとハープは目をぎゅっと閉じ、耳を塞いだ。

 ポキ、パキと、骨を砕く音が静まり返った訓練場に響く。

 レンジが今にも飛び出そうとしているところを、シアードが制止する。

 そして、兵士は男の手の甲を両方とも踵で踏みつぶしたのだ。

 金属性のブーツで生身の手が踏まれては、ひとたまりもない。

 男は痛みでそのまま失神してしまった。


「はい、愚民のみなさん!

 こうならないためにも、しっかりと訓練に励んでくださいねぇ!」


 兵士はそう言うと、失神した男を蹴りながら部屋の隅に寄せた。


「離せシアード!!

 あいつをぶん殴ってやる!!」


 シアードのレンジを抱き留める手に、力がこもる。


「耐えてくれ。

 ……頼む。」


 シアードの震える声が、レンジの怒りから生じた体の熱を奪っていく。

 いたたまれなくなった四人は、その場を離れることにした。


 セレスとハープはショックを受けているのか、一言も喋ろうとしない。

 レンジも、一刻も早くこの国を出たいと思っている。

 だが、シアードにはもうひとつだけ確認したいことがあった。


「……あれが王様?

 子供じゃねぇか。」


 レンジがカリナーンの王の間を物陰から覗くと、高貴な服を着た少年が玉座に腰かけていた。

 その姿は王としての威厳の欠片もなく、まるで小鹿のようにおどおどしている。

 周りにいるのは側近だろうか。

 王に激しく詰め寄る彼らの姿は、まるで魔物が死体を貪っているかのようだ。

 シアードは中を一瞥したきり、来た方へと戻ろうとする。


「リジェの集落に戻ろう。」


「あなた……何も感じないの?」


 リジェの集落に戻るよう促すシアードに、セレスは弱々しく聞く。


「……今はシェネルがこの国の王だ。

 今更俺が出ていったところで、どうにもならない。

 余計な混乱を招くだけだ。」


 淡々と言うシアードの目は、セレスの方を向いてはいなかった。

 城を出るために広い廊下を歩いていると、派手な貴婦人を囲む集団とすれ違う。

 一際目立つ、派手なドレスを身に纏うその女性こそ、シアードの義理母であるマリー王妃であった。

 シアードは思わず顔を背け、皆、足早にその場を去った。

 王妃は、自分を囲む取り巻きのおべっかに高笑いをあげていたが、レンジ達とすれ違った直後、その笑いは止んだ。

 そして、部下に一言伝えた。


 灰色の鼠が紛れ込んでいる、と。

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