45.狙われた第一王子
その日を境に、シェネルはシアードの後ろをついてくることはなくなった。
兄とはいえ、まだ九歳である少年の心は寂しさを隠せないでいた。
父である王が忙しくなったのもあり、シアードと王が顔を合わす時間も、夕食時のみとなった。
友達もいない、幼い少年の寂しさを埋めてくれたのは、良き理解者であるバートと彼に贈られた、あの白馬だけであった。
「なぁ、エルバー。
僕、夢があるんだ。」
この時、シアードは白馬の小屋に隠れていた。
語学を教育するお付きの者が、外を探し回っている。
「一度だけでいい。
この広い砂漠を、お前と一緒に駆けてみたいんだ。
それから、お前と一緒にいろんなところにも行ってみたい。
それから……。」
自分を包んでくれている白馬に熱く夢を語るシアードだが、自分を探し回る声が彼を現実に引き戻す。
「そうだよな……。
そうも言ってられないよな。
僕は父上の後を継いで、王になるんだ。」
同い年の白馬が、シアードに顔をすり寄せる。
慰めているのだろうか。
くすぐったい、と声を上げたその時、シアードと白馬は見つかってしまった。
やがて、王の容体が急激に変化した。
ここ一年で身体は明らかにやせ細り、目の下にはいつも紫に程近いくまができている。
それだけではなく、時々呼吸が荒くなる時もあれば、幻覚を見るようになったと、王の主治医は言う。
ところが、マリーは王を心配する素振りを見せつつも、贅沢三昧の生活を送るようになる。
毎日のようにドレスを新調しては、それに合わせる宝石を王に内緒で取り寄せたりするようになったのだ。
ある日、シアードがエルバーに与える人参を貰いに城の調理場へ向かった時、恐ろしいものを目の当たりにしてしまう。
そこには、王妃と料理長の姿があった。
この料理長は王妃の推薦で雇われた者で、この城に来てからかれこれ三年になる。
何やら小声で話しているようだ。
シアードは、大きな壺の影に隠れながら会話に耳を傾けた。
「これを、いつもの料理に入れてちょうだい。」
王妃は、ある木の実を数個取り出した。
棘で覆われている緑色のそれは、ダチュラという麻薬の元となるものだった。
「王妃様……!
いくらなんでもやりすぎでは?」
「何よ、あたしが何のためにわざわざアンタを雇ったと思ってんの?
逆らうのなら、とっととリアンの貧民街に帰りなさい!」
「そ、それだけは!
今この仕事をクビになってしまったら、妻や子供が路頭に迷うことになる……!!」
「なら、言う事を聞くのね。
上乗せしておくからうまくやるのよ。
王の次は、あの忌々しい義理息子を始末するわ。
そうすれば、私のシェネルがこの国の王になるんだから。
うまくやってくれるなら、その時にアンタを大臣に任命してやってもいいわよ。」
王妃は料理長に数枚の金貨を握らせると、笑いながら調理場から出ていった。
シアードは、見てはならないものを見てしまった。
王妃の本性も知ってしまった。
身体の芯から、震えが止まらない。
その時、身体が壺に当たってしまい、それは大きな音を立てて割れた。
「……シアード王子。」
「あ……!」
自分はただ、人参を貰いに来たと伝えるだけでいいはずなのに、言葉が全く出てこない。
料理長はシアードの目の前に歩み寄り、同じ目線まで腰を落とす。
そして迷うことなく、すべてを伝えた。
「王子……こんなことは言いたくはないが、君のお父上はもう手遅れだ。
ダチュラの毒はそれほど強力なんだ。
このままでは、いずれ王子にもこの毒が及んでしまう。
王子、どうか私を人殺しにしないでくれ……。」
目の前で、大の大人が泣いている。
シアードは泣きたい気持ちを抑え、調理場を飛び出した。
父である王の容体が変化したのも、すべては王妃の差し金であった。
その事実は王妃と料理長以外、誰も知る由もなく、王の身体は日常の「食事」という方法で静かに蝕まれていった。
もう、この城の誰が王妃と繋がっているのかも分からない。
王の没後、自分が王となるのか、弟であるシェネルが王となるのか、兵士や側近達が議論していることも知っていたからだ。
そんな中、一人だけ信用できる者がいた。
シアードは、その者のところへ駆けて行った。
「じいや!」
シアードは、自分の部屋で本を読んでいたバートに勢いよく抱き付いた。
「どうしたんです?」
「助けてよ!
僕、もうどうしていいか分からないんだ……!」
シアードがこのように震えることなど、今まで見たことがなかった。
只事ではないと察知したバートは、彼を落ち着かせ、何が起こったのかを聞くことにした。
シアードは、見た事、聞いた事、すべてを包み隠さず話した。
王の容体の変化は、王妃が料理長をけしかけて仕組んだこと。
王妃が、自分の息子を王位につけようとしていること。
そして、自分の命も狙われているということも。
生まれた時から我が子のように面倒を見てきた王子を、王妃に殺させるわけにはいかない。
ただ、王がもう手遅れとなると、シアードに王妃の手が及ぶのも時間の問題であった。
もう、シアードを守ることが出来るのは自分しかいない。
バートは強く決心した。
「坊ちゃま……。
じいと一緒に、この国を出ましょう。」
「じいや……?」
「この国はもうじき、王妃の手に落ちていくでしょう。
ここにいては、坊ちゃまも危ない。
生きている限り、国を取り戻すチャンスは必ずあります!
その時は坊ちゃま、あなた自身の手で取り戻すのです。
……シアード坊ちゃま、いえ、王子なら出来ます、えぇ、出来ますとも!」
バートはまるで自分の子供を抱きしめるように、シアードを抱きしめた。




