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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -前編-
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46/207

46.亡命

 その日の真夜中に、シアードとバートは少ない荷物を持ち、カリナーンを出ようとする。

 この国の第一王子と大臣が一夜にして姿を消したとなると、皆、城をひっくり返したように探すだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 今まで積み上げてきた信頼も立場も、自分の宝である王子には変えられない。

 バートは、シアードが産まれた時から、彼に一生仕えようと心に決めていた。

 大切な王子を、汚らわしい義理母などには殺させはしない。


「坊ちゃま、参りましょう。

 少々長旅になりますが、大陸の東の外れに船を用意するよう部下に伝えておりますゆえ。」


「……エルバーは?

 エルバーは連れて行かないのか?」


 マントを羽織ったシアードが、バートに問う。


「エルバーは連れていけません。

 このような高貴な白馬がいれば目立ってしまう。

 それにエルバーには、来年子供が生まれるでしょう。

 親と子を引き離してはなりませぬ……。」


 自分がやっていることはどうなんだ、と問いただしたくなるが、シアードの命を守ることが最優先なのだと、バートは心の中で踏ん切りをつけた。

 シアードは淋しさを覚えるが、バートの言う事は理解していた。

 それに、母は生まれながらにしておらず、父ももう長くはない自分と、大切なエルバーの子が同じ思いをしてしまうのはどうしても避けたかった。


「エルバー……。」


 シアードの呼ぶ声に、白馬はいつもと違う声で鳴く。

 エルバーはすべて解っているのだろう。

 名残惜しむかのように、彼の頬に自分の顔をすり寄せた。


「ごめん……。

 僕、お前を連れていけない。

 エルバー、子供と幸せにな。

 ……さよなら。」


 シアードは白馬に別れを告げると、バートと共に東へと向かった。

 砂漠の夜は冷える。

 バートに寄り添うようにして、ただひたすら東を目指して歩いた。


 夜が明ける頃、二人は大陸の最も東の地に着いた。

 こちらに向かって、若い男が手を振っている。

 バートは彼に舟をつけるよう命じたことをシアードに話し、警戒心を解かせた。

 そこはかつて船着場として使われていたようで、小舟が一隻用意されていた。

 

「今頃、城では王子とワシを探しておるはずじゃ。

 さあ、追手が来る前に船を出してくれ。」


 だが、バートが頼んでも、男は船を一向に出そうとはしない。

 男は黙ったまま、歪んだ笑みを浮かべていた。


「ま……まさか、お主も……!?」


「大臣、悪く思うな。

 金に困ってたところを、王妃さまが貧民街(スラム)で拾ってくれてねぇ。

 ホント王族って、おめでたい奴らばかりだよ。

 ちょっと味方なふりをしとけば、ホイホイ信頼してきてさ。

 なぁに、殺しはしねぇ。

 ただちょっとアンタらを他国に奴隷として売りさばくだけさ。」


 男は、シアードの羽織っているマントを乱暴に掴んだ。


「坊ちゃま!!」


 だが、バートの声がした瞬間、男は吹っ飛んでいった。

 シアードが振り向くと、そこには夜中に別れを告げたはずのエルバーの姿があった。

 白馬は、男の服をくわえてそのまま放り投げたのだ。


「エルバー!」


 白馬は興奮していた。

 自分の大切な親友を汚い手にかけようとするならば、それ相応の覚悟が必要だということをこの男に教えてやる。

 そう言わんばかりの殺気を見せる。


「ひいぃっ!」


 白馬は男の顔面をめがけ、蹄鉄のついた固い蹄を振り下ろした。

 男は至近距離でそれを交わすと、失禁した。

 白馬の怒りが頂点に達したのか、大きくいなないた後、もう一度前足を上げた。

 失禁しながら後ずさりする男を仕留めるため、外さないように狙いを定めていたその時、親友の声がした。


「エルバー!

 駄目だ!

 人を殺してはいけない!」


 シアードの声に、エルバーの動きが止まる。

 その隙に男は素早く立ち上がり、白馬の喉元に持っていた短剣を突き刺した。

 つかまで刺さったそれを、更に奥へグッと押し込む。

 白馬の口から赤い鮮血が零れることで、真っ白な馬体が赤く染まった。

 白馬は一歩も後ろに引くことなく、立ったまま男を睨み続けた。


「坊ちゃま、行きなされ!」


 男がエルバーに手を取られている隙に、バートはシアードを小舟に乗せ、繋いでいる紐を外した。


「おいじじい!

 てめぇ何やってんだよ!」


 焦った男がバートを羽交い絞めにした時、バートは右足で思い切り舟を蹴って陸から離した。

 シアードのみを乗せた舟はみるみるうちに、波にさらわれて陸から離れていく。

 その時、白馬は横から倒れた。

 細くもたくましい脚はびくん、びくん、と痙攣し、シアードは白馬のそれ以上の姿は確認出来なかった。


「じいや、エルバー!」


「逃げなされ王子!!

 ずっと遠くへ、ユニベルの果てへ!

 そして必ず、生き続けるのです!」


 男はバートに馬乗りになって顔面に何度も何度も殴り、黙らせようとする。

 その間、バートはずっと、王子の身を案ずるかのように名前を呼ぶだけだった。

 そして、バートは男が背を向けた瞬間に、短剣で左胸を突き刺した。

 自分の手が、初めて人間の血で染まった。

 真っ赤に染められた手は、まるでカリナーンの崩壊を伝えるかのようだった。



「……ワシはその後、城には戻らなかった。

 偶然見つけたこのオアシスで暮らしていたら、国に不満を持った城の者や街の者が次々にやってきてのう。

 それからこのリジェの集落が出来たんじゃ。

 ワシらは必ず、この手でカリナーンを取り戻す。」


 強く決心する老いたバートの姿を見て、シアードは今、何を考えているのだろう。

 レンジ達はそれが気になったが、あえて聞かなかった。

 それよりも、こんなにつらい過去があったのに、彼は今まで一つも口にしたことはなかった。

 レンジとセレスは、それに加えて淋しさに胸を締め付けられる。


 どうして、今まで話してくれなかったんだろう、と。


「おぉ、そろそろ帰ってくることだと思ったわい。」


 ヒヒン、と馬の声が建物の外から聞こえる。

 シアードは、聞き覚えがあったのかすぐさま外に確認しに行った。

 そこには、見事な白馬がいた。


「エルバー……。」


 バートはそっとシアードの隣に行き、微笑みながら話した。


「エルバーの息子、シリウスじゃよ。

 無事に産まれてすぐ、母馬と一緒にこの者が連れて来てくれたんじゃ。」


「坊ちゃん、俺のこと覚えてますか?

 エルバーの世話をしていた者ですよ!

 王妃のやつが第二王子に贈ろうとしてたのを拒んだら、駄馬と共にのたれ死ね、と俺も城を追い出されちゃって。

 まっ、いいけどね別に。

 こいつも親父に引けを取らない名馬だぜ!」


 シリウスと呼ばれる白馬は、父エルバーに引けを取らない美しい馬体だった。

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