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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アルメイン大陸 王都カリナーン -前編-
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44/207

44.腹違いの弟

 シアードは、二歳になろうとしていた。

 産まれた時から母のぬくもりを知らずして育ったが、不思議と淋しくはなかった。

 王という立場でありながらも、アケルは時間を見つけては息子に構うようにしていた。

 そんな父の愛情を注がれて育ったシアードは、心の優しい少年へと育った。


「これこれ坊ちゃま。

 危のうございます。

 王様も、どうかお止めください。」


「はっはっは。

 まぁ良いではないか、大臣。

 今のうちから馬に慣れ親しんでおいたほうがよかろう。」


 二歳になった白馬の手綱は、王が自ら握った。

 その懐に幼い王子を乗せ、中庭で乗馬に勤しんでいる。

 その時、とある女性が王の目を引いた。

 中庭の通路を静々と通る女性は、二年前に亡くなったリーネにそっくりだったのだ。


「……バート、馬とシアードを頼む!」


「王様!?」


 王は馬からひらりと飛び降りると、その女性の元へと駆けて行った。

 そして、思わず女性の手首を掴んだ。


「きゃっ!」


「驚かせてすまない。

 名を、そなたの名を聞かせてくれないか。」


「……マ、マリーよ。」


 女性の顔がみるみるうちに赤くなる。

 絹糸のようにしなやかな銀色の髪が揺れる時、女性は王の手を振りほどき、王をその場に残したまま何処かに行ってしまった。

 後に判明したことだが、その「マリー」と名乗る女性は、リアンの貧民街出身であった。

 だが、王にとってそれは全く関係のない事であった。

 愛してやまなかったリーネの生き写しのような姿は、彼にとって王族の血をも越えるものだと思っていた。


 やがて、王は自らリアンの貧民街へと足を運ばせ、マリーを迎えに行った。


「前代未聞ですぞ!

 王族でもない、ましてや汚らわしい貧民街出身の娘などをめとるとは!

 王は一体、何を考えておられるのじゃ!」


 バートをはじめ、側近達は王に詰め寄った。

 だが、王は玉座に腰かけたまま、家臣を黙らせる。


「口を慎め、見苦しい。

 ……リーネは、シアードを産む前に私に言ったんだ。

 自分がいなくなった時、この子に新しい母親を、とな。

 マリーの出で立ちは、まるでリーネそのものだ。

 母を知らぬシアードのためにも、彼女こそ新たな妻にふさわしいと私は思っている。

 もう一度リーネを思わせてくれるのならば、血筋など必要ない!」


 盲目的に語る王の姿を見ると、側近達は何も言えなくなってしまった。


 それから、王はマリーを新たな王妃としてカリナーンに迎え入れた。

 だが、それを歓迎する者など、城の中には誰一人としていなかった。

 王族だの血筋だの、何も知らない国民だけが二人を祝福した。


「シアード王子。

 今日から私はあなたの母親になるのよ。」


 王妃はおいで、と言わんばかりにシアードの目の前で両手を広げる。

 だが、シアードはその姿を見ても寄り付こうとはしない。

 少年は、恐ろしかったのだ。

 どんなに似ていたとしても、この目の前にいる女性は自分の母親ではない。

 それどころか、自分を見据える彼女の目からは、優しさも、暖かさも感じない。

 自分の部屋にある肖像画の母は、柔らかい眼差しでこちらを見ている。


「どうされたのです、坊ちゃま。」


 シアードは無言で、傍にいたバートに抱き付いた。

 そんな王子の姿を見て、これまでマリーに対して盲目的だった王の心に、極々小さなわだかまりが生じる。


 マリーが王妃の座についてから一年が過ぎた。

 シアードに、三歳年下の弟ができた。

 だがあろうことか、弟の髪の色は黒色だった。

 マリーは確かに銀髪だったが、根本はかすかに黒みを帯びている。

 彼女は、リーネに似せるために自分の髪を銀色に染めていたのだ。

 王にそれが分かると、王はマリーと新しく生まれた王子に一切見向きもしなくなった。

 王はただひたすら、第一王子であるシアードだけを可愛がった。

 義理母の、自分を見る目が冷たい。

 シアードは最初は怖がっていたが、日を追うごとに慣れてくるもので、何も感じなくなっていた。

 大臣でありながらも、よき理解者でもあるバートが幼いシアードを献身的に支えていた。

 シアードにとって、夫婦間や城内の派閥といった、大人の事情など関係なかった。

 彼は、シェネルと名付けられた腹違いの弟を可愛がった。

 その甲斐あってか、シェネルはシアードを慕っていた。

 幼い弟は事あるごとに、兄上、兄上、と後ろをついて回った。


 中庭での出来事だった。

 父である王や側近、そして王妃が見守る中、シアードとシェネルは落馬してしまった。

 馬のいななきとともに、鈍い音が響いた。


「シアード!」


 その様子に、真っ先に駆け寄ってきた王は、シアードの名前しか呼ばなかった。

 そして、二人が転げているうち、抱き上げたのはシアードだった。

 大臣や側近たちも、シアードの身を案ずるばかりで、シェネルの傍に来たのは、彼の実の母親である王妃ただ一人であった。

 二人は近くとも遠くに感じる距離から、アケル親子と、その取り巻きの姿を眺めていた。


 痛みが出てきだしたのか、泣き叫ぶ我が子をその手に抱く王妃の目は、黒く、醜い思いを煮えたぎらせていた。

 そしてその思いは、やがて一国をも飲み込むのだった。

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