43.リジェの集落
レンジ達一行は、リアンから西に位置するリジェの集落に来ていた。
真ん中には貴重なオアシスがあり、その周りには少しばかりの緑がある。
リアンの街並みとは違い、そこにある建物は調律が取れていない不恰好なものであるが、人が暮らす分にはひとまず不自由しない程度のものだった。
貧民街で出会った老人が集落に到着すると、集落の住民が駆け寄ってきた。
「バートさん!
お帰りなさい。
遅かったですが例のブツは買えましたか?」
「ほら、二丁だけなら何とか買えたわい。」
レンジ達はぎょっとした。
老人は灰色のフードの脇から、散弾銃を取り出した。
「ちょっと、じいさん!
そんな物騒なモンで一体何をするつもりなんだ!?」
レンジは思わず、声を上げた。
すると、バートと呼ばれる老人はおもむろに口を開いた。
「……謀反、じゃよ。
ワシらはもう、カリナーンの悪政に耐えられんからの。
それよりも、ワシの家に来てくれんか。」
囁くように話すバートの目は、本気だった。
レンジはその鋭い目と迫力に押され、何も言えなくなってしまった。
ドン・チェルニの屋敷の後に来たからだろうか。
バートの家はとても狭く感じた。
「どれ……お顔を良く見せて下され。
本当にご立派になられて、お父上にそっくりになられて……。
じいは……じいは、シアード坊ちゃまに会う日をどれほど待ちわびたことか。
シアード坊ちゃまは必ず生きておられると、じいは信じておりました。」
バートは家に入るなりシアードに近づき、そして老体を震わせ涙を流した。
その涙は、老人の年齢と共に深く刻まれた顔の皴に吸い込まれていく。
「ねぇ、バートさん。
あなたとシアードは、一体どういう関係なの?」
セレスの質問に、バートは目を一瞬丸くする。
そして、シアードとセレスの顔を何度か交互に見やった後、手入れされている髭に手をやった。
「そうか……シアード坊ちゃまは、仲間にも話していなかったのか。
ほっほっほ、坊ちゃまらしいわい。
シアード坊ちゃまは、ここから更に西にあるカリナーンという大国の第一王子なんじゃよ。」
その事実に、レンジとセレスとハープの三人は言葉を失った。
そうか、だからあの時も───。
セレスは密かに、リューベルクの中庭での出来事を思い出していた。
あの時、ルナ姫にいきなり誘われたにもかかわらず、シアードは優雅にワルツを踊ってみせた。
それは彼が王族だったからなのだと、今になってやっと納得することが出来た。
「ワシは昔、城でシアード坊ちゃまのお世話をしていたんじゃよ。
坊ちゃまは、優しくて、勇敢で、ワシの誇りじゃった。
じゃがの、この国から坊ちゃまを逃がしたのはこのワシなんじゃ。
お前さんたち、良かったらこの老いぼれの話に付き合ってはくれんかのう。」
そしてバートは昔を思い返しながら、ゆっくりと語り出す───。
今からおよそ二十年前。
広い広い王室の窓から、外を眺めている美しい女性がいた。
窓から入ってくる風が、彼女の繊細な銀色の髪を靡かせる。
彼女の体つきは細く、生まれた時から病を患っていた。
そして、細い体に似つかわしくなく、お腹は大きい。
彼女は、子供を身籠っていたのだ。
「リーネ……。」
王室に、高貴な若い男性の声が響く。
カリナーンの王、アケル国王だ。
ゆっくりと彼女の方に歩み寄り、小枝のような指をした手を優しく包む。
「身体は大丈夫なのか?」
労わりつつ恐る恐る話しかける姿は、一国の王の姿とは程遠い。
愛しい人を目の前にすると、国王でさえも、ただの一人の男と化す。
国王の様子に、リーネは微笑んで頷く。
ただ、彼女はアケルの手を握り返す力も残っていない。
自分に死期が近いと悟っていた彼女は、ある一つの約束をする。
「アケル。
どうか、私と約束してくれませんか?」
「約束……?」
「私はもう、おそらく長くはないでしょう。
その代わりとは言いませんが、身体が弱っていても、必ずこの子を産んでみせます。
だから、私がいなくなった時は、この子に新しい母親を───。」
「馬鹿なことを言うな!」
アケルは思わず妻を抱きしめた。
先程の労わるような扱いではなく、力強く抱きしめた。
「心配せずとも、無事に産まれるに決まっている!
お前も、お腹にいる私の子も、必ず無事だ!
だからそのような事を考えるでない、口にするでない!
お前がいない人生など、私は真っ平御免だ!
約束だ、必ず無事でいてくれ。
そして、二人でわが子の顔を見よう。」
アケルはリーネが眠りにつくまで、ずっと抱きしめていた。
そして、彼女が眠りについた時、ひっそりと口づけをした。
程なくしてリーネは男の子を出産した。
疲弊しきった彼女は、隣でずっと手を握り続けていた夫に、何かを伝えようとしている。
「あ……なた。
私達の、子ども……は……?」
「あぁ、無事に産まれた!
元気な男の子だぞ!
リーネ、よく頑張ったな。
後はお前の体力が回復するのを待つだけだ。」
「よかっ……た。」
彼女はそう呟くと、微笑みながら、静かに目を閉じた。
「リーネ?
おい、リーネ!?
リーネ!!」
赤子を片手に抱くアケルの呼ぶ声に、反応が返ってくることはなかった。
自分の手から力なく落ちていったリーネの手から、全てを悟った国王は、彼女の忘れ形見を抱きながら、声が枯れ果てるまで泣き続けた。
その赤子の産声と共に、大人の男性の泣き声が入り混じる。
産声のはずが、まるで母の死を悲しんでいるかのように聞こえてならない。
こうして王妃の命と引き換えに誕生した王子は、シアードと名付けられた。
それからアケルは、王子の初めての誕生日に一匹の馬を贈る。
奇しくも同じ日に生まれた、とても美しい毛並みの白馬だった。




