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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 世界樹の森
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40/207

40.馬鹿正直なだけだよ

 シングの登場を一番最初に驚いたのは、セレスだった。

 世界樹の森で見た回想とは違い、目の前にいる彼、いや父親は、若く見えても明らかに年を重ねていた。

 だが、今はそれどころではない。

 今は、街に危険を及ぼすこのグリーンアーボを何とかしなければならない。

 そう考えているうちに、レンジが敵の頭上から振り落とされた。

 何とか受け身をとって無事を装うが、ダメージが蓄積されたのか、しゃがみこんでしまった。


「バカな!?」


 シングは確かに感応石を使った。

 しかし、グリーンアーボは人食い蛾のように逃げることはなかった。

 それどころか、自分の身体全体をめいっぱい使い、より暴れ回っている。

 うねったり、飛び跳ねたりした際に起こる衝撃によって、飛び散る瓦礫や硝子の破片が、レンジ達の体力を徐々に奪っていく。

 

「きゃあっ!」


 首元に巻き付けたセレスの鞭が、凶暴化した敵の衝撃によって弾かれる。

 凶暴化した敵は、上顎の鋭い牙を見せながら口を大きく開け、今にも人間を丸飲みにしようとしている。

 

「皆、離れてっ!」


 ハープは両手を、敵に向けて身構える。

 すると、何もなかったその場から、物凄い勢いの水砲が発射された。

 超水射撃アクアゲイザーという、水の中級攻撃魔法である。

 その水砲を口からまともに受けた敵は、何を発することもなく、その場に倒れ込んだ。

 大きな地響きと砂埃が湧き起こり、人々は咳込みながらも倒れた大蛇を確認すると、わぁっ、と歓声を上げた。


「あぁ、良かった……。

 みんなありがとう。」


 大量の魔力を使ったハープは、安堵の表情を見せながら、その場にへたり込んだ。

 だが、不思議と頭は働いていた。


 先程の戦いで少女が抱いていたある疑問は、確信へと変わった。


 街の人々がレンジ達に感謝する中、セレスはその場を立ち去ろうとするシングに話しかけに行く。

 その姿を、レンジとシアードはちらっと横目で認識した。

 彼女は戦いの最中でありながらも、シングが自分の父親だということに気づいていた。

 もしかして、彼も自分に気づいてくれているのか?

 彼女は意を決して、シングに尋ねた。


「シングさんって……子供はいるの?」


「おっと、いきなりすごい質問だねぇ。

 僕、年齢よりだいぶ若く見られるはずなんだけどなぁ。」


 セレスの問いを茶化して誤魔化そうとするが、セレスの真剣な眼差しがそうはさせなかった。

 やがてシングは、彼女の目を見つめて、真剣に語りだした。


「……実は僕、子供が一人いるんだ。

 見えないでしょ?

 ただ……生きているかどうかも分からないんだ。

 でも、僕はもし子供が生きていてくれてたとしても、顔を合わせることなんて出来ないよ……。」


「どうして?」


「僕は、妻も子供も守り切れなかった、サイテーな父親だからさ。

 君は僕みたいな男とは結婚しちゃいけないよ。」


 ───私はここだよ。

 ちゃんと生きてるよ。


 そう伝えたかった。

 だが、セレスは言葉が出てこない。

 喉仏を潰されたような感覚に陥っていたが、やっとの思いで声を絞り出した。


「奥さんと子供さん……会えるといいね。」


「ありがとう。

 それじゃあ、またどこかで。」


 シングは微笑みながらセレスに手を振って、その場を後にした。

 セレスも彼に応えて手を振っていたが、彼の背中が見えなくなると、目頭がじわーっと熱を帯びてくるのを感じた。


「セレス。」


 遠くから一部始終を見ていたハープがセレスの傍に行き、彼女の肩に優しく触れた。

 

 トリノの船着場に行くと、船長が腕組をしている。

 どうやら先程の大蛇を見たせいで、船を出すかどうかを悩んでいるらしい。


「船長さん、俺達どうしても行かなきゃならねぇんだ。」


 レンジが珍しく懇願している。

 大長老の、あまり時間が残されていないという言葉に、レンジなりに危機感を抱いているのだ。

 ゼロがあんなに恐ろしいものだとは思わなかった。

 絵本の物語が今、現実になろうとしているのなら、それは言葉では言い表せないほどの恐怖だ。

 そんなレンジの焦りを感じ取ったのか、船長はひとつ案を出す。


「……分かった。

 ただし、行きの船までしか出さんぞ。

 それでもいいのかい?」


「あぁ。」


「よし、そうと決まれば出航だ。

 行き先はアルメイン大陸、商業の街リアン!」


 レンジ達が乗り込むと、船は汽笛を一回鳴らす。

 そして、船は出発したが、乗客は自分達だけであった。

 船乗りも数名しかいない。

 だが、不思議と不安はなかった。

 それよりも大切なことをしなければならないと、レンジは考えていたのだ。


 船の上で過ごす夜は、肌寒く感じる。

 船の甲板の上でセレスは一人、海を見ながら物思いにふけっていた。

 

「……何よ。」


 セレスは顔を見ることなく、足音で誰が来たか把握していた。

 レンジはいつもと違う彼女の雰囲気に、近寄ることが出来ないでいる。

 少し離れた位置から、レンジはセレスに話しかけた。


「あ、あのよう……。

 いろいろあったけど、げ、元気出せよな。

 お前が元気なかったら、なんか調子狂うんだよ。」


 レンジが考えていた大切なこととは、セレスを元気づけることであった。

 セレスはつかつかと歩み寄り、額に人差し指を当てた。


「ばぁか!

 レンジのくせに、私を慰めようなんて百年早いのよ!

 アンタはハープを守ることだけ考えてりゃいいの。」


「な、何だよっ!

 人がせっかく……もういいよ!!」


 不意を食らったレンジは、大股で部屋に戻ろうとする。


「レンジ。

 ……ありがと。」


 レンジは小声で告げたセレスの言葉に、何だかムズムズする感覚が体中を駆け巡った。

 彼女を元気づけたいのは、何もレンジだけに至ったことではない。

 シアードも、ハープも、レンジに先を越されたために、船の中央にある大柱の影から、二人の様子を見守っていた。


「ねぇ、シアード。」


「ん?」


「レンジって、優しいね。」


「あいつは馬鹿正直なだけだよ。」


 シアードは腕を組みながら夜空を見上げた後、微笑ましくレンジの背中を見つめていた。

 船は、セレスの心の中にあるわだかまりをゆっくりと溶かすように、アルメイン大陸を目指す。

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