37.あきらめない
世界樹が巨大な炭と化したことで、森の木々が力を無くしつつある。
それと共に、エルフ達の痛みを訴える声がレンジ達の耳に否応なしに入ってくる。
その声に耳を塞ぎたくなるのだが、現状はそうもいっていられない。
家も、エルフ達も、そして世界樹をも燃やされ、無事に生き残ったエルフはもう十数名ほどしかいなかった。
無事に生き残った者が負傷者に治癒魔法をかけるが、まさに焼け石に水のような状態である。
その姿にレンジ達は、彼らに何と声をかけていいのかが分からないでいた。
「ひどい怪我……。」
セレスは傍にいる負傷したエルフに、治癒魔法をかけようとした。
だが、そのエルフはあろうことか彼女の手を振り払った。
「こうなったのも……お前ら人間が来たからだ!
また……また災いをもたらしやがって……!
悪魔の子め……!
汚らわしい……人間の血が通ったエルフなんぞに……助けられ……て……たまる……か……!」
そのエルフは、そのまま息を引き取った。
最後の力を振り絞って発した言葉がそれならば、エルフ達に刻まれた人間への憎しみは、きっとレンジ達の想像をはるかに超えたものなのであろう。
だが、セレスは表情一つ変えないでいる。
そして、その場を立ち上がると、燃えて炭と化してしまった世界樹の方にゆっくりと歩み寄っていく。
「セレス!?」
レンジ達が呼ぶ声に、セレスは耳も貸さない。
「熱っ……!」
世界樹はまだ熱を帯びている。
セレスはその巨大な炭の塊に手を当て、治癒魔法をかけ始めた。
「やめろセレス、無茶だ!
もう、この世界樹は燃え尽きてしまったんだぞ!?」
シアードがセレスの横に行き、手首を掴んでその場から離そうとする。
しかし、彼女はそれを拒んだ。
首を横に振る彼女の目には、涙が止め処なく溢れていた───。
「私、この森を守りたい……。
みんなの手伝いが出来なくてもいい。
みんなが私を嫌いでもいい。
お母さんとお父さんが、少しの間だけでも幸せに暮らしたこの森と……世界樹を、守りたいの。」
魔法を唱えるセレスの手に力が入る。
すると身体から、白い光が湧き出てくる。
彼女の魔力が、徐々に抜けつつあるのだ。
その姿に、エルフの長もセレスを止めようとする。
「い、いかん、無茶じゃ!
このまま治癒魔法を使い続けると、お前の魔力自体が無くなってしまうんじゃぞ!?」
「───いいの。」
セレスは微笑んだ。
その微笑みは、様子を見ていたエルフ達にセリシアを思い出させた。
「私の魔力で良かったら、世界樹にあげる。
そうしたら、私、治癒魔法が使えなくなっちゃって、本当に、……人間に、なるのかな……。
でも、もういいの。
今はただ、世界樹を守りたい。
私の魔力がなくなったとしても、もし……死んじゃったとしても、私はあきらめたくないの。」
もう、誰もセレスを止めることは出来なかった。
シアードも掴んでいた手をそっと離す。
それでもなお、エルフ達は「勝手にしろ」と言わんばかりの態度をとる。
それどころか、世界樹に触れられたくないと考えているエルフが、セレスに攻撃をしかけようとする。
それをレンジが止めたことで取っ組み合いになる。
「これ以上世界樹を汚すな!」
「うるせぇ!
黙って見てろ!
お前らが嫌ってるセレスは、お前らのために命張ってんだよ!
お前らなんかのために……!」
レンジの下にいるエルフは、頬に冷たい感触を覚える。
馬乗りになった少年が、嗚咽交じりに涙を流しているのだ。
「くそう……セレス、セレス!!」
レンジは、身を引き裂かれるような思いだった。
身寄りのない三人が、オリバに拾われ家族となった。
一つ上の姉のような存在であるセレスは、今にも自分の目の前で命を落とすかもしれない。
ただ、自分は協力することも、助けることもできない。
何よりも、セレスの決意を止めることが出来ない自分が、心底もどかしい。
ハープが、レンジの肩にそっと手をかける。
レンジは立ち上がり、ハープと共にセレスの背後につく。
やがて、セレスの身体から発する白い光が消えていく。
「私……あきらめたくない……。
このまま終わりだなんて……嫌だよ……。
……お母さん……お父さ……。」
セレスは呟くと、そのまま気を失った。
地面に倒れてしまいそうになったところを、シアードが抱き寄せた。
セレスの姿に、レンジは涙が止まらないでいる。
「……もう行こう。」
シアードがセレスを抱きかかえたまま、レンジ達に言う。
炭のままでいる世界樹に背を向けた、その時だった。
かつての世界樹は、猛烈に輝き出した。




