36.ゼロ
世界樹のふもとに行くと、エルフ達が空を眺めながら騒めいている。
「あ、あれは何だ!?」
空に向かって指を差すエルフが、何かを発見した。
見上げると、不思議な事に一人の青年が宙に浮いている。
着ている物も肌の色も全体的に青白く、青い髪の色だけがはっきり捉えられる。
より目を凝らしてみると、青年は半透明で体が透けている。
顔を見てみると、長い前髪で鼻から上の表情が見えない。
「あ……あれは……!」
ハープの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
今まで動かなかった青白い青年は、地上に向かって手をかざした。
すると手から眩い光が出た瞬間、唸るような地響きが再び地上に走る。
「きゃあっ!」
「危ねぇ!」
青白い青年は、明らかにハープを狙っていた。
レンジはそれを察知し、彼女を抱いたまま転がった。
「ハープ、大丈夫か!?」
「あ、ありがとう。」
レンジは青年にきつく目をやった後、ハープに聞く。
「あいつは一体何者なんだ!?」
「レンジ……。
あれが……あれがゼロよ───。」
レンジは驚きを隠せない。
自分が本で見たゼロは、ただただ真っ黒い姿をした魔物であり、あのように人間の出で立ちではなかった。
セレスもシアードも、空を見上げたまま固まっていた。
いや、あまりの恐ろしさに動けないといった方が正しいのかもしれない。
三度目の衝撃波が森を襲った。
その衝撃で、一ヶ所に集まっていたエルフ達が吹っ飛んでいった。
ゼロの攻撃をまともにくらったエルフ達の肉片が、あたり一面に飛び散る。
完全に手足がある状態の死体など、皆無に等しかった。
生き残った者が、まだ息のある者に治癒魔法をかける。
ただ、ほとんどの者が傷が癒えないでいる。
痛みを和らげるのがやっとの状況だ。
こうなれば、もう世界樹を守るどころではなかった。
世界樹は炎を上げて燃え続ける。
まるであの時のように、いや、今目の前に広がる光景は、あの時よりも絶望的だ───。
エルフ達は自分の身を守ること、怪我をしている者に治癒魔法をかけることで精いっぱいだった。
レンジ達も、相手がはるか空の上にいるとなると、相手が降りてこない限り戦えない。
どうすればみんなを守ることができる?
このまま、黙ってやられるのを待っているだけなのか?
レンジはゼロを見据えながら、皆を守る方法を考えていた。
ゼロは、そんな様子を知る由もなく再び手を地面にかざした。
「そうだ!」
レンジは、思い出したかのようにポケットから青色の石を取り出した。
迷いの森でもらった感応石の試作品だ。
感応石を強く握りしめて空にかざすと、森の時と同様、青白い光が辺りを包んだ。
その光は、ゼロの攻撃を弾いた。
跳ね返った衝撃で強い風が起こる。
吹き上げた風は、ゼロの前髪を浮かせた。
その時、ゼロの両目が閉じられていたのをハープは見逃さなかった。
「す、すげぇ……!」
レンジ達が感応石のバリアに感心していると、石は砕け散った。
一時的にだが、その場にいる者を守ることはできた。
だが、燃えさかる世界樹だけは、もうどうすることもできない。
「おい、あれを見てみろ。」
シアードが指す方向に目をやると、ゼロはすーっと消えていった。
姿が消えた途端、レンジの身体から滝のように汗が流れ落ちる。
ゼロの強さと恐ろしさに、震えが止まらない。
「せ、世界樹が……。」
エルフの長の言葉に、その場の全員が世界樹の方を見た。
そこに生えているものに、かつての青々とした美しさはもうない。
自分達が長年大切にしてきた世界樹は、ただただ真っ黒な炭と化していた。
「それじゃあ、水の精霊はもう……。」
生き残ったエルフ達は言葉を失い、茫然としていた。
ハープが膝から崩れ落ちそうになるのを、レンジが隣で支える。
小刻みに震える彼女の身体から、ゼロの恐怖が伝わる。
ハープには一つ、気になることがあった。
それは、レンジが感応石を使った直後、森が騒めき出したことだ。
だが今は、ゼロを目の前にして命があったことだけでも、感謝しなければならない。




