35.襲撃
「やれやれ。
久しぶりにこんなに魔力を使って、少々疲れたわい。」
エルフの長は、傍にあった椅子に腰かけた。
「……わしはあの時、セリシアに何と言ってよいのか分からなかった。
扉を開けるまでは、この森を出ていくように命じるはずじゃった。
じゃがの、幼子のお前さんを抱いたセリシアに、どうしてそんなことが言えようか。
そして、何よりセリシアはあの人間を誰よりも愛していた。
愛する者が自分の目の前で連れ去られ、エルフ達の怒りを一身に受けざるを得なかったセリシアが、わしは気の毒でならんのじゃ。」
「長老様……。」
「ところで、お前さんたちは何故この世界樹の森に来た?
エルフ達が言うように、ここは本来人間がくるところではない。」
エルフの長の問いに、ハープが答える。
「私達、水の精霊に会いに来たんです。
ラクベールの大長老様は、この世界樹の森に水の精霊がいるとおっしゃってました。
水の精霊の力を、どうか貸していただきたいんです。」
ハープの答えに、エルフの長は失笑した。
人間風情が水の精霊の力を借りるなどということが、とても滑稽でならない。
「確かに、精霊様はこの森の世界樹に宿られておる。
残念じゃが、精霊様とて人間なんぞには力を貸さぬじゃろうて。
何しろ、お前さんたち人間は世界樹を燃やそうとしたんじゃからの。
……無駄足じゃったのう。
お前さんたちには本当に、嫌な思いばかりさせてしまってすまんのう。」
「長老様が謝ることなんてありません!」
外から大きな声が聞こえた。
レンジ達とエルフの長は外に出る。
すると、そこにはエルフ達が立っていた。
だが、先程とは違って大人しい。
しかし、向けられる眼差しは決して好意的なものではなかった。
「……長老様に聞いたんだろ?
この森で過去に何があったのかを。
これで分かっただろう?
僕達エルフが、君ら人間を嫌う理由が。
セリシアは勘違いしていたみたいだけど、人間はやっぱり醜い生き物だ。
……お願いだから、もう出ていってくれないか。
僕達、平和に暮らしていたいだけなんだ。」
今レンジ達に喋るエルフは、先程の回想にも出てきた男のエルフである。
見た目はレンジよりも幼いが、おそらく何百年と生きているのだろう。
少年は怒っていた。
ここのエルフ達がセレスの母を責めたりしなければ、セレスはこの森で暮らせるはずだった。
ほぼ記憶にないはずの故郷に、懐かしがって涙する彼女の姿が不憫でならなかった。
少年の悪い癖だ。
怒りに任せて、言葉が止まらない。
「その平和のために、水の精霊に会いに来たんだよ!
確かに人間は勝手なトコもあるけど、てめぇらだって勝手じゃねぇか!
セレスの母ちゃんは何も悪くねぇのに追い出しやがって!」
「な……何だと!?
醜いお前ら人間なんかと、エルフを一緒にするな!」
「一緒でい!
お前らが怒るように、俺達だって怒るんだよ!」
エルフ達はしどろもどろしている。
怒りを露わにしている者もいれば、あの事件を思い出して身を震わせる者もいる。
当のエルフの少年は、涙目になりながらもこちらを睨み付けている。
「レンジやめて。
彼らの言う通りだわ。
私達が勝手にこの森に来たのが悪かったのよ……。」
セレスの言葉に、レンジは我に返る。
手のひらに違和感が走る。
広げて見てみると、血が滲んでいた。
このユニベルを平和に導くために精霊の力を必要としているのに、どうしてエルフ達には理解してもらえないんだ、と悔しい思いを募らせる。
だが、それよりも彼の悔しさを駆り立てたのは、自分たちが記憶の回想に出てきた、あのアカデミーの人間と同類に思われていることだった。
その時───。
「な、何!?」
森じゅうに大きな地響きが走った。
その音の大きさに、エルフ達はとっさに耳を塞ぐ。
何かが焼ける匂いがする。
その方角に目をやると、世界樹から煙が上がりだした。
「まさか……世界樹に異変が!?」
「精霊様!」
集まっていたエルフ達は、蟻の子を散らすように散らばっていった。
そして、その場にはレンジ達しかいない。
「行こうよ!
みんなが危ない!」
セレスは、一目散に世界樹の方角へ走り出した。




