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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 世界樹の森
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34/207

34.絶望

 ロキはシングを殴った後、つかつかとメビウスの正面まで歩み寄った。


「こいつらの代わりに、俺がそのアカデミーとやらに行ってもいいか?

 出来ることがあるなら、協力だってする。

 なぁ、アンタらも人間なんだろう?

 こいつはたった今、俺との約束を破ったけど、フツー人間は約束をちゃんと守るって聞いたことがある。

 俺達よりも短い寿命で、精いっぱい生きてるってことも知ってる。

 俺、アンタらの研究に何でも協力するから。

 だから……こいつを見逃してやってくれないか。」


「ロキ!?」


 立てないままでいるセリシアは、ロキを呼び止めることで精いっぱいだ。

 セリシアは、彼が人間を見下していることを知っていた。

 それなのに、彼は自分達を守るために、その人間についていこうと言っているのだ。

 メビウスは下から上に、舐めまわすようにロキを眺める。

 そして少し沈黙をおいた後、ロキの顎先を持ち上げ、口を開いた。


「ほぉ、エルフの中にはお前みたいな物分かりのいい奴もいるんだなぁ。

 いいねぇー、その心意気、気に入ったよ。

 人間のこともよーく知ってるみたいだしな。

 いいだろう。

 お前に免じてこの女とガキ、他のエルフも解放してやるよ。

 お前の言った通り、俺達人間は約束はちゃーんと守るんでね。

 おい、あれを持ってこい。」


「はっ。」


 メビウスは、近くにいた白衣の男に指示を出す。

 男は黒い鞄から、何かしらの無機物を出してきた。

 それはどうやら、頭に被る装置のようだ。


「抵抗されたら面倒だからな。

 俺達人間は、用心深いんだ。

 それも覚えておきな!」


 装置を被せようとしてくる男の目は、まるで魔物が獲物を見つけたかのようにギラギラしている。

 息を荒らげ、眼鏡越しに見える細い目が一層不気味に感じる。


「ロキ!」


 セリシアの呼ぶ声にロキは振り向き、そして悲しそうに微笑んだ。


「だから俺にしとけば良かったんだって!

 ……バカヤロウ。」


 悲しくも切ない声は、装置を被らされた瞬間、叫び声に変わった。

 悲鳴交じりの叫びに、エルフ達は思わず耳を塞いだ。

 がくん、と手の力が抜けたのを確認すると、男は「ひ、ひひ、ひっひひ」と気持ち悪い笑いを浮かべながら、気を失ったロキを担ぎ上げた。


「ロ……ロキ……!」


 意識が朦朧とする中、シングは起き上がり、メビウスに掴みかかった。


「……何かを犠牲にしないといけない平和なんて……本当の平和じゃない!

 どうして君達には……それが分からないんだ……!

 僕はずっと……そう言って来ただろ!」


「そうするしかないってことも、分かっているんだろう?

 気安く触るな、この偽善者め!」


「うぐっ!!」


 メビウスは、シングの腹に思い切り拳を入れた。

 シングはそのまま気を失ってしまい、身を預けるようにメビウスにもたれかかる。

 触れたくないのか、メビウスは汚いものに触れたかのような表情を見せたかと思うと、


「このクズも連れて帰るぞ。」


 と一言、男達に命令する。

 白衣を着た男達が森を後にしようとしたとき、メビウスはセリシア達の方を振り返る。

 恐れをなして震えているエルフ達の光景に、口角だけを上げて不気味に笑った。


「これはお礼だよ。

 こいつが世話になったんでな!」


 メビウスは、小瓶を世界樹に向かって投げつけた。

 小瓶が割れた瞬間、この森に似つかわしくない赤い炎が燃え上がる。

 そしてメビウスと男達は、高笑いを上げながら、世界樹の森を後にした。


 世界樹が燃えている───。


 その光景に呆然と立ち尽くすエルフ達を奮い立たせるために、最初に言葉を放ったのは他の誰でもない、セリシアだ。


「みんな、火を消さなきゃ!

 じゃないと……世界樹が燃えちゃうよ!

 今ならまだ間に合う、急いで!」


 あらがう気力もなかったはずのセリシアは立ち上がり、船型の大葉に水を汲み、炎を上げて燃えている世界樹に水をかけた。

 片手に抱いている泣き叫ぶセレスに、


「もう少しで終わらせるから待ってね?」


 と、優しく声を掛けると、何度も水を汲んではかけ、汲んではかけを繰り返す。

 その姿にエルフ達はようやく我に返ったのか、全員がセリシアと同じ行動をとる。

 世界樹の炎は一晩中燃え上がっていたが、皆の協力の甲斐あって消化することが出来た。

 だが、エルフ達の怒りは収まらない。

 メビウス一味はもちろんのこと、シングに対しても、人間全員に対しても。

 そしてその怒りは、セリシアに向けられたのだ。


「元はと言えば、お前が人間なんかを助けるからだ!」


「ロキの気持ちも知りながら……この薄情者!!

 ロキが可哀想だ!!」


「人間なんか、見殺しにしとけば良かったんだ!」


「そいつは悪魔の子だ!」


「出ていけ!

 この森から、悪魔の子と一緒に出ていけぇ!!」


 夜明けと共に、エルフ達から浴びせられる罵声に、セリシアは耳を塞いで家に閉じ篭っていた。

 罵声が止んだかと思うと、扉が静かに開いた。

 扉の方角に目をやると、エルフの長が黙って立っていた。

 何も言わず、ただ、じっとセリシアの瞳を見つめていた。

 その眼から全てを悟ったのだろう。

 その後、誰もセリシアとセレスの姿をこの森で見かけることはなかった。


 レンジ達に見せられていた光景は、ここで真っ暗になり、そして途切れた。

 この森で起こった壮絶な過去に、誰も、何も話そうとはしない。

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