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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 世界樹の森
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33/207

33.バッカじゃねぇの

 セレスが誕生して、さらに一年が過ぎた。


 細い枝を編んで作られたゆりかごの中で、セレスはすやすやと眠る。

 可愛らしい愛娘の寝顔を、セリシアとシングは傍で見守っていた。

 二人からは、思わず笑みがこぼれる。


「この子はきっと人間ね。

 うん、その方がいい。

 私達エルフみたいに、長生きする必要はないわ。」


「僕、できることならエルフになりたいよ。」


「どうして?」


「ほら、僕達人間は、君より先に寿命がきてしまうだろ?

 この子が人間なら、君よりも先にいなくなってしまうんだぞ。

 そんな悲しみを、君だけに背負わせたくないよ。」


 俯きながら語るシングに、セリシアは微笑みかけた。


「私、今とっても幸せよ。

 もしその時が来たとしても、あなたとこの子の記憶を糧に生きていくわ。

 大丈夫、私、そんなに弱くはないもの───。」


 シングは、無言でセリシアを抱きしめた。

 何も言うな、と言わんばかりに強く、優しく。

 セリシアはシングの胸の中で、目を閉じてその身を任せる。

 この安らぎが、いつまでもあってほしいと、そう願った。


「ふぎゃぁ、ふぎゃぁ。」


 セレスが目を覚ますと、セリシアはすぐさま駆け寄り、優しく抱き上げた。

 シングは、ただただ微笑ましく二人を見つめている。

 セリシアをとられたなぁ、と少しのやきもちと共に。


 しかし、幸せな日々はそう長くは続かなかった。

 家族三人で世界樹のふもとで遊んでいると、白衣を着た男たちがやってきた。

 十数名ほどいるようだ。


「シング博士。」


 それはとても低くて冷たい声だ。

 白衣を着た男たちの中の一人が、シングに声を掛けた。


「帰りが遅いと思ったら、何をしているんですか?」


「メビウス……!」


 シングは確かに、その男の顔を知っていた。

 幸せな生活の中にいても、この冷酷な男の影が頭のどこかにいつも存在していた。

 赤い瞳と、蛇のような鋭い目つきは、ゾッとするほど恐ろしい。

 一つに束ねられたカラスのように黒い髪が、白衣の上でなびく姿は一際目立つ。

 メビウスと呼ばれる男は、辺りを一瞥した。

 そこには、男達が侵入してきたことに警戒しつつも、集まってきたエルフ達がいて、シングのかたわらには、幼子を抱いている、赤髪の女性がいる。

 そして、幼子の顔はどことなくシングにも似ていることから、頭の回転の速いメビウスは、瞬時に全てを把握した。

 そして、わざとらしく大声で語りだした。


「いやぁ、さすがシング博士!

 エルフを研究サンプルとしてアカデミーに連れて帰るはずでしたが、怪しまれないように時間をかけていたんですね!

 それなら帰りが遅いのも納得出来ます!」


 メビウスの話は、この場にいる全てのエルフの耳に入ってくる。

 エルフ達が騒めき出す中、彼はにやりと笑みを浮かべ、さらに話し続ける。


「その子供も、人間とエルフの子供なんですよね?

 いやぁ、実験対象としては最適でしょうね!

 さぁ、アカデミーへ帰りましょう。

 平和のための研究で、私達も本当に忙しくて忙しくて!」


「そんなんじゃない!!」


 シングの声が、世界樹の森に響いた。


「僕は、もうアカデミーには帰らない。

 家族もできたんだ、幸せなんだ。

 だからお願いだ、引き上げてくれないか。」


「───バッカじゃねぇの。」


 少しの沈黙の後、メビウスは敬語を使うのを辞めた。

 彼が言い放った言葉は、明らかに目上の者に話す口調ではない。

 まるでゴミ屑を見るかのような目つきで、シングを見やる。


「こっちも時間がないんでね。

 女神サマも、もってあと二十年なんだ。

 ご存じなんでしょ?

 エルフの寿命は長いってことくらい。

 エルフの寿命、治癒魔法、どれも女神サマにとって必要不可欠なんだよ!

 ほら、腑抜けてないでさっさとエルフを捕えろよ!」


 メビウスの言葉はナイフのように鋭く、シングに突き刺さる。


「私……だまされてたの?」


「そんなワケない!

 セリシア、僕は……僕は君を───!」


「近寄らないで!!」


 シングが近寄ろうとすると、セリシアは後ずさりした。

 セレスを抱いた彼女の顔には、涙が溢れ出ている。

 絶望の淵に立たされたシングは、はっ、と気づいて辺りを見回す。

 周りのエルフ達が、白衣を着た男たちの手によって捕えられている。

 しかも、女性や子供といった、力の弱いエルフばかりを狙ってだ。


「やめろ……やめてくれ!!」


 次々と縛られていくエルフの姿を前に、シングは叫ぶしかなかった。


「やめろ、お前ら。」


 メビウスが一言そう発すると、男たちは手を止めた。


「なぁ、取引をしよう。

 その女と子供だけでいい、サンプルとして寄越せ。

 そうすれば、今捕まえた全員を解放してやる。」


 シングから一番大切なものを奪い、壊してやりたいのだ。

 メビウスは、人の不幸ほど自分を喜ばせてくれるものはないという、何とも極悪非道な思考の持ち主だった。


 セリシアはその場に崩れ落ちた。

 身体から力が抜けて、立ち上がることも出来ないでいるが、セレスだけはしっかりとその腕に抱いている。

 いきなり、メビウスの視界からシングが消えた。

 何かが倒れる音がした方に目をやると、シングが倒れていた。

 自分は殴っていない。

 では一体誰が、と辺りを見ると、そこには栗色の髪をした男のエルフが立っていた。


「おい、シングさんよ。

 俺、セリシアを泣かすなって言ったよな?」

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