38.水の精霊
眩い光に誘われて、枯れかけていた森の木々が静かに力を取り戻す。
そして、痛みに魘されていたエルフ達に治癒魔法が効き始める。
先程までは、底が抜けたバケツのように治癒魔法が効かなかった。
エルフ達の魔力が、元に戻りつつあるのだ。
「こ、これは一体……!?」
エルフの長が、輝きを放つ世界樹に目をやる。
確かに、世界樹は黒い炭のままの姿だ。
だが、眩しさに目がくらむ中、よくよく目を凝らすと何者かが世界樹の傍に立っていた。
姿かたちは人間と同じだが、それはとても神秘的で、美しい姿であった。
レンジやハープはもちろん、目を覚まさないセレスを抱きかかえたシアードも、目の前に起こる事実に驚きを隠せないでいる。
すると、神秘的なその者が、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「セレス……。
あなたの強さ、見させてもらいました。
あきらめないという心の強さ。
しっかりとこの胸に受け止めましたよ。」
強さを語るこの者は、世界樹に宿っていた水の精霊である。
「さぁ、目覚めなさいセレス。
あなたに加護を授けましょう───。」
水の精霊が手を上にあげると、セレスに一粒の光が舞い降りる。
「あ、あれ?
私……。」
セレスは目を覚ました。
目を開けると、シアードの顔が目の前に広がる。
ルナ姫を羨ましく思っていたことが、今まさに起きているのだ。
「や、やだ!
恥ずかしい……。」
セレスは顔を赤面させながら、ぱっとシアードから飛び降りた。
それからすぐ、水の精霊の姿に気づく。
「なんだろう……。
すごく懐かしい。
私、あなたのこと、知ってる気がするの。」
「私は、世界樹に宿る水の精霊アクア。
あなたが産まれた時も、幼い頃も、そしてそれからも、私はあなたを見守っておりました。
エルフに与えた治癒魔法は、私の、世界樹から発する魔力が源になっています。
この世界樹とあなたの治癒魔法もまた、繋がっているのです。」
「そうだったの……。
だから世界樹が焼かれたとき、みんなの魔力が落ちていたのね。」
セレスは自分の手のひらを眺めた。
火傷を負っていたはずの手のひらは完治している。
それどころか、身体中から魔力が湧き出てくる。
「セレス。
私はあなたに加護を授けました。
これからは、前よりもずっと強い治癒魔法の力が備わってることでしょう。
そして、これをお持ちなさい。」
セレスの目の前に、ゆっくりと何かが降りてくる。
それは、彼女の手に非常に馴染んだ。
「それは、水樹の鞭。
この世界樹と、私の水の力を封じ込めてあります。
あなたならうまく使ってくれることでしょう。」
「ありがとう……アクア。」
「私は、ここから見守っています。
あなた方がいつの日か、このユニベルに真の平和をもたらしてくれることを───。」
「真の平和って何だよ、なぁ!?」
レンジの声は、水の精霊には届かなかった。
水の精霊はセレスに加護と武器を与え、姿を消した。
「み、見て!」
ハープが輝きを失った世界樹を示す。
真っ黒い炭からは、小さな小さな世界樹の芽がひっそりと顔を覗かせる。
その双葉は葉に水滴をのせ、それはとても神秘的で、美しかった。
「あんたら……。」
その声に、四人は後ろに振り向いた。
すると、そこにはエルフ達がいた。
ただ、先程の動くことができる十数名ではなく、大怪我を負っていたはずのエルフまでもが立っていたのだ。
「みんな……治ったんだね、良かった!」
セレスは、いつものように弾む声で笑顔を見せた。
それにつられて、レンジ達も、エルフ達も笑う。
「おいっ。」
レンジと取っ組み合いをしたエルフが、ぶっきらぼうに声をかけてきた。
「わ、悪かったな。
ほら!」
エルフはレンジの胸に手をあてがうと、治癒魔法をかけてきた。
少年の傷はかすり傷程度であったが、彼の治癒魔法でそれは完治した。
それだけではない、手のひらの血が滲んでいた箇所も治っていた。
「サンキューな!」
レンジは、にっ、と笑う。
その様子にエルフもつられて、にっ、と笑った。
「わしは千年ほど生きてきたが、精霊様の姿を見たのはこれが初めてじゃ。
世界樹とわしらの治癒魔法は繋がっておったんじゃのう……ありがたや。
セレス。
お前が全魔力で守ってくれたこの世界樹、わしらが大切に育てていくからの。」
「長老様……ありがとう。」
セレスはエルフの長に礼を言うと、その場のエルフ達の顔を見た。
ここに来た時のような、憎しみを含んだ表情は消え去り、皆、優しい微笑みを浮かべていた。
それは、あの回想で見た、自分が誕生したときと同じ笑顔だった。




