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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 世界樹の森
32/207

32.幸せの瞬間

 「ロ、ロキ……。」


 セリシアは知っていた。

 ロキが、自分の事を想っていてくれていることを。

 だからこそ言えないでいた。

 自分は、シングのことが好きだということを。


「分かってる……お前が何も言わなくても、分かってる。

 だからあの時、助けなければよかったんだ!

 ……おい、人間!」


 ロキは、シングに歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。


「お前、絶対セリシアを幸せにしろよ!

 少しでも泣かしてみろ、俺が絶対許さねぇからな!」


「あぁ、約束する。」


 シングが誓うと、ロキは掴んでいた手をぱっと振りほどき、二人に背を向けた。


「ロキ、ごめんね。

 ……ありがとう。」


 セリシアの言葉を背に、ロキは涙が止め処なく溢れるが、二人はそれを知らない。

 ロキは、これでよかったのだと自分に言い聞かせ、彼女の幸せを願った。


 それから、シングは世界樹の森で暮らし始めた。

 はじめは人間なんか、と見下していたエルフ達も、やがて彼を受け入れ始めた。

 彼の元々持っている親しみやすく温厚な性格は、エルフ達をも惹きつけた。

 そしてある日───。


「シング。

 あのね、驚かないで聞いてほしいんだけど。」


「ん?」


 セリシアの膝枕で、シングは本を読んでいた。


「あのね……私ね、お腹に赤ちゃんがいるの。

 あなたの子よ。」


「へぇ。

 って……何だって!?」


 シングは飛び起きた。

 そして、わなわなしながらセリシアの手を掴んだ。


「ごめんね。

 でも私、産みたいの!

 エルフと人間の子だなんて、どんな子が産まれるか分からないけど……。

 それでも私、あなたの子どもを産みたいって思ったの。」


 目を潤ませながら話すセリシアを、シングは強く、身体をいたわるように優しく抱きしめた。


「ありがとうセリシア。

 僕、今まで生きてきた中で今が一番幸せだ。

 どんな子でもかまわないよ。

 約束する。

 僕は全力で君と、お腹に宿ったその子を愛するよ。」


 力強いシングの言葉に、セリシアの目からは涙が零れ落ちた。

 彼女は、その時初めて知った。

 涙は嬉しいときにも出てくるのだと。

 人間の暖かさに───シングがくれた暖かさを彼の腕の中で噛みしめた。


 シングがこの森で暮らすようになってから三年の月日が流れる頃、セリシアは元気な女の子を産んだ。

 出産に立ち会っていたシングは、ありがとう、ありがとう、と、涙を流しながら、その女の子の誕生を心から喜んだ。

 外で心配そうに待っていたロキも、セリシアが無事に女の子を産んだと聞いて泣いて喜んだ。

 世界樹の森に暮らすエルフたちも皆、自分のことのように喜んだ。


「ねぇ、シング。

 この子の名前はどうしようか。」


 我が子を見つめるセリシアの顔は、出会ったときの少女の顔つきではない。

 それはもう、立派な母親の顔だ。


「名前は女の子だと分かってからずっと考えていたんだ。

 セレス。

 セレスはどうだろう。

 君の名前にも少しだけ似てるだろ?」


「あなたらしいわね。

 セレスかぁ……とってもいい響きだね。

 あなたがそういうなら、私は賛成よ!」


「よーし、君はセレスだ!

 お母さんに似て、可愛くて優しい子に育つんだぞ!」


 セレスと名付けた女の子を、シングは高々と抱き上げた。

 セレスはキャッキャと声を上げて笑う。

 その光景は、本当に幸せそうな家族そのものだ。

 エルフだとか、人間だとか、この家族を見ていると、それはとても些細なことのように感じる。



「……お母さん、お父さん。」


 セレスは脳裏に広がる今までの光景を見て、涙が止まらないでいた。

 記憶にはないが、エルフの母と人間の父は、自分を愛してくれていたことを知った。


「セレス、お前は続きは見ないほうがいい。」


 エルフの長は、この先の回想を見せることを躊躇っていた。

 だが、セレスは首を横に振った。


「長老様、お願い。

 続きを見せて、お願い!」


「……後悔するぞ。」


 エルフの長は再び手をかざし、そして念じ始めた。

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