32.幸せの瞬間
「ロ、ロキ……。」
セリシアは知っていた。
ロキが、自分の事を想っていてくれていることを。
だからこそ言えないでいた。
自分は、シングのことが好きだということを。
「分かってる……お前が何も言わなくても、分かってる。
だからあの時、助けなければよかったんだ!
……おい、人間!」
ロキは、シングに歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「お前、絶対セリシアを幸せにしろよ!
少しでも泣かしてみろ、俺が絶対許さねぇからな!」
「あぁ、約束する。」
シングが誓うと、ロキは掴んでいた手をぱっと振りほどき、二人に背を向けた。
「ロキ、ごめんね。
……ありがとう。」
セリシアの言葉を背に、ロキは涙が止め処なく溢れるが、二人はそれを知らない。
ロキは、これでよかったのだと自分に言い聞かせ、彼女の幸せを願った。
それから、シングは世界樹の森で暮らし始めた。
はじめは人間なんか、と見下していたエルフ達も、やがて彼を受け入れ始めた。
彼の元々持っている親しみやすく温厚な性格は、エルフ達をも惹きつけた。
そしてある日───。
「シング。
あのね、驚かないで聞いてほしいんだけど。」
「ん?」
セリシアの膝枕で、シングは本を読んでいた。
「あのね……私ね、お腹に赤ちゃんがいるの。
あなたの子よ。」
「へぇ。
って……何だって!?」
シングは飛び起きた。
そして、わなわなしながらセリシアの手を掴んだ。
「ごめんね。
でも私、産みたいの!
エルフと人間の子だなんて、どんな子が産まれるか分からないけど……。
それでも私、あなたの子どもを産みたいって思ったの。」
目を潤ませながら話すセリシアを、シングは強く、身体をいたわるように優しく抱きしめた。
「ありがとうセリシア。
僕、今まで生きてきた中で今が一番幸せだ。
どんな子でもかまわないよ。
約束する。
僕は全力で君と、お腹に宿ったその子を愛するよ。」
力強いシングの言葉に、セリシアの目からは涙が零れ落ちた。
彼女は、その時初めて知った。
涙は嬉しいときにも出てくるのだと。
人間の暖かさに───シングがくれた暖かさを彼の腕の中で噛みしめた。
シングがこの森で暮らすようになってから三年の月日が流れる頃、セリシアは元気な女の子を産んだ。
出産に立ち会っていたシングは、ありがとう、ありがとう、と、涙を流しながら、その女の子の誕生を心から喜んだ。
外で心配そうに待っていたロキも、セリシアが無事に女の子を産んだと聞いて泣いて喜んだ。
世界樹の森に暮らすエルフたちも皆、自分のことのように喜んだ。
「ねぇ、シング。
この子の名前はどうしようか。」
我が子を見つめるセリシアの顔は、出会ったときの少女の顔つきではない。
それはもう、立派な母親の顔だ。
「名前は女の子だと分かってからずっと考えていたんだ。
セレス。
セレスはどうだろう。
君の名前にも少しだけ似てるだろ?」
「あなたらしいわね。
セレスかぁ……とってもいい響きだね。
あなたがそういうなら、私は賛成よ!」
「よーし、君はセレスだ!
お母さんに似て、可愛くて優しい子に育つんだぞ!」
セレスと名付けた女の子を、シングは高々と抱き上げた。
セレスはキャッキャと声を上げて笑う。
その光景は、本当に幸せそうな家族そのものだ。
エルフだとか、人間だとか、この家族を見ていると、それはとても些細なことのように感じる。
「……お母さん、お父さん。」
セレスは脳裏に広がる今までの光景を見て、涙が止まらないでいた。
記憶にはないが、エルフの母と人間の父は、自分を愛してくれていたことを知った。
「セレス、お前は続きは見ないほうがいい。」
エルフの長は、この先の回想を見せることを躊躇っていた。
だが、セレスは首を横に振った。
「長老様、お願い。
続きを見せて、お願い!」
「……後悔するぞ。」
エルフの長は再び手をかざし、そして念じ始めた。




