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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 世界樹の森
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31/207

31.セリシアの回想

 「ここでは何じゃから、わしの家に来ぬか?」


 今、レンジ達一行はエルフの長の家にいる。

 長の家に向かう最中、一体どれだけのエルフに睨まれただろうか。

 そのような視線を感じない分、エルフの長の家は大変落ち着いた。


「わしらエルフは長生きでの。

 わしなんかは、もうすぐ千歳になるのぉ。」


「せ、千歳!?」


 エルフの長の言葉に、レンジは声を上げた。

 他の三人も、驚きを隠せない。


「そこにおるのは、セリシアの娘じゃろ。

 大きゅうなって……。

 目元と髪の色なんか、まさに生き写しじゃて。」


「え?

 わ、私?」


 エルフの長は、セレスを見ながらそう言った。

 セレス自身、何と言っていいか分からない感覚に包まれている。

 誰も、自分の生い立ちを教えてはくれなかったから。

 そして自分自身も、自分が何者かを分かっていないから。


 自分はどうして治癒魔法が使えるのだろう?

 物心がついたときからアレス島にいた自分が、どうしてこんな離れた場所で、ましてや人ではない、エルフが暮らす森で───。


 頭が混乱しているが、おそらく間違いないのだろう。

 でなければ、こんなに懐かしい気持ちになるはずがない。


「あの、良かったら聞かせてくれませんか。

 私のこと、私の……お母さん、お父さんのこと。」


 セレスは勇気を振り絞った。

 自分が何者か知りたかったと思うと同時に、もしかしたら人間ではないのだろうか、と心の奥底で怯えていた。


「……かれこれ二十年ほど前になるかのう。

 わしにとっては、ついこの間のような出来事に感じるわい。

 セレス、お前はこの森に迷い着いた人間と、セリシアとの娘なんじゃよ。

 わしらエルフも、今ほど人間を嫌ってはいなかった。

 あの事件が起こるまではの……。」


 エルフの長は目を閉じ、両手をかざしてきた。

 時を見せる魔法なのだろう。

 しばらくすると四人の脳裏に、ある日常の光景がぼんやり浮かんできた。

 この森の魔力が映し出す、記憶の回想である。



「なぁセリシア。

 こいつはもうダメなんじゃないか?」


 栗色の髪をした男のエルフが、頭の後で手を組み、ある女性に話しかけている。


「何言ってんの!

 あきらめちゃダメ!

 こんなに傷だらけで……可哀想よ。

 私が治してあげる。」


 弾むような声色の、彼女の髪の毛は赤い。

 青い瞳も顔立ちも、どことなくセレスに似ていた。

 彼女の傍には、一人の男がひどくうなされているのが見える。

 頭、上半身、両腕など、見えるところは、ほぼ包帯が巻かれている。

 今怪我人にかけられている魔法は、おそらくエルフが得意とする治癒魔法だろう。

 セリシアの甲斐もなく、傷は一向に癒える気配がない。


「人間なんて、俺達エルフと違ってすぐ死んじまうんだ。

 今死んだって一緒さ。

 ちょっとしか生きられないヤツら、いつ死んだってどうってことねぇよ。」


 男がそう言った瞬間、渇いた音が部屋に響いた。

 男の頬についた手形が、だんだんと赤みを帯びていく。

 叩いた本人───セリシアは、泣いていた。


「何てこと言うの……ロキのバカ!!

 確かに人間は儚いわ。

 だけど……だけど、みんな精いっぱい生きてる!

 私はそんな人間が好きなのよ。

 あなたやみんなが何と言っても、私はこの人を助けるわ。」


「……そんなんじゃねぇよ。」


 ロキはそう呟くと、部屋の外に出た。


「あーもう、何で分からねぇかなぁ。」


 そして、腕組みをしながら空を見上げる。


 太陽が沈み、夜になり、そして夜が明けてまた朝を迎える。

 一週間ほど経っただろうか。

 セリシアはその男の傍を離れようとはしなかった。

 休まず看病し、彼女の魔力はとうに限界を超えていた。

 八度目の朝日が差し込む朝に、魘されていた男は目を覚ます。


「……ここは?

 そうだ、僕は魔物に襲われて……。

 ……あれ?」


 男は、傍で眠るセリシアに気づいた。


「赤い髪だ……。

 綺麗だな。」


 男がセリシアの赤い髪に触れると、彼女はがばっと身を起こした。


「ご、ごめん!

 僕、起こしちゃったね。」


 男がセリシアの手をちらっと見ると、細い指先のあちらこちらに酷いあかぎれを見つける。

 見られたことに気づいたのか、セリシアはその手を隠そうとした。

 だが、男はその手を優しく、いたわるように包み込んだ。


「君がずっと看病してくれたんだね。

 本当にありがとう。

 僕はシングっていうんだ。

 君は?」


「……セリシア。

 セリシアよ。」


 セリシアは、名前も知らない行きずりの男を看病し続けた。

 その心優しいエルフの少女と、人間であるシングが恋に落ちるのは、そう時間がかからなかった。

 おそらくセリシアは、看病していくうちに彼に惚れていったのだろう。

 自分たちよりもずっと短い寿命を、儚くも一生懸命生きていく人間に、彼女は憧れを抱いていた。

 エルフであるセリシアは、この時、既におよそ四百歳になろうとしていた。


「セリシア、僕は君が好きだ。

 君と一緒に、ずっとこの森で暮らすよ。」


「私も……私もシングが好き。

 あの日からずっと、あなたの事が好き。

 人間だからとかそんなの関係ない、私……あなたが好き。」


 二人は世界樹のふもとで愛を誓い合い、そして熱い口づけを交わした。

 世界樹を眺めに訪れたロキは、その光景を目の当たりにする。


「……セリシア。」


 彼の思わず漏れた声に、二人ははっ、とした。

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