31.セリシアの回想
「ここでは何じゃから、わしの家に来ぬか?」
今、レンジ達一行はエルフの長の家にいる。
長の家に向かう最中、一体どれだけのエルフに睨まれただろうか。
そのような視線を感じない分、エルフの長の家は大変落ち着いた。
「わしらエルフは長生きでの。
わしなんかは、もうすぐ千歳になるのぉ。」
「せ、千歳!?」
エルフの長の言葉に、レンジは声を上げた。
他の三人も、驚きを隠せない。
「そこにおるのは、セリシアの娘じゃろ。
大きゅうなって……。
目元と髪の色なんか、まさに生き写しじゃて。」
「え?
わ、私?」
エルフの長は、セレスを見ながらそう言った。
セレス自身、何と言っていいか分からない感覚に包まれている。
誰も、自分の生い立ちを教えてはくれなかったから。
そして自分自身も、自分が何者かを分かっていないから。
自分はどうして治癒魔法が使えるのだろう?
物心がついたときからアレス島にいた自分が、どうしてこんな離れた場所で、ましてや人ではない、エルフが暮らす森で───。
頭が混乱しているが、おそらく間違いないのだろう。
でなければ、こんなに懐かしい気持ちになるはずがない。
「あの、良かったら聞かせてくれませんか。
私のこと、私の……お母さん、お父さんのこと。」
セレスは勇気を振り絞った。
自分が何者か知りたかったと思うと同時に、もしかしたら人間ではないのだろうか、と心の奥底で怯えていた。
「……かれこれ二十年ほど前になるかのう。
わしにとっては、ついこの間のような出来事に感じるわい。
セレス、お前はこの森に迷い着いた人間と、セリシアとの娘なんじゃよ。
わしらエルフも、今ほど人間を嫌ってはいなかった。
あの事件が起こるまではの……。」
エルフの長は目を閉じ、両手をかざしてきた。
時を見せる魔法なのだろう。
しばらくすると四人の脳裏に、ある日常の光景がぼんやり浮かんできた。
この森の魔力が映し出す、記憶の回想である。
「なぁセリシア。
こいつはもうダメなんじゃないか?」
栗色の髪をした男のエルフが、頭の後で手を組み、ある女性に話しかけている。
「何言ってんの!
あきらめちゃダメ!
こんなに傷だらけで……可哀想よ。
私が治してあげる。」
弾むような声色の、彼女の髪の毛は赤い。
青い瞳も顔立ちも、どことなくセレスに似ていた。
彼女の傍には、一人の男がひどく魘されているのが見える。
頭、上半身、両腕など、見えるところは、ほぼ包帯が巻かれている。
今怪我人にかけられている魔法は、おそらくエルフが得意とする治癒魔法だろう。
セリシアの甲斐もなく、傷は一向に癒える気配がない。
「人間なんて、俺達エルフと違ってすぐ死んじまうんだ。
今死んだって一緒さ。
ちょっとしか生きられないヤツら、いつ死んだってどうってことねぇよ。」
男がそう言った瞬間、渇いた音が部屋に響いた。
男の頬についた手形が、だんだんと赤みを帯びていく。
叩いた本人───セリシアは、泣いていた。
「何てこと言うの……ロキのバカ!!
確かに人間は儚いわ。
だけど……だけど、みんな精いっぱい生きてる!
私はそんな人間が好きなのよ。
あなたやみんなが何と言っても、私はこの人を助けるわ。」
「……そんなんじゃねぇよ。」
ロキはそう呟くと、部屋の外に出た。
「あーもう、何で分からねぇかなぁ。」
そして、腕組みをしながら空を見上げる。
太陽が沈み、夜になり、そして夜が明けてまた朝を迎える。
一週間ほど経っただろうか。
セリシアはその男の傍を離れようとはしなかった。
休まず看病し、彼女の魔力はとうに限界を超えていた。
八度目の朝日が差し込む朝に、魘されていた男は目を覚ます。
「……ここは?
そうだ、僕は魔物に襲われて……。
……あれ?」
男は、傍で眠るセリシアに気づいた。
「赤い髪だ……。
綺麗だな。」
男がセリシアの赤い髪に触れると、彼女はがばっと身を起こした。
「ご、ごめん!
僕、起こしちゃったね。」
男がセリシアの手をちらっと見ると、細い指先のあちらこちらに酷い皸を見つける。
見られたことに気づいたのか、セリシアはその手を隠そうとした。
だが、男はその手を優しく、いたわるように包み込んだ。
「君がずっと看病してくれたんだね。
本当にありがとう。
僕はシングっていうんだ。
君は?」
「……セリシア。
セリシアよ。」
セリシアは、名前も知らない行きずりの男を看病し続けた。
その心優しいエルフの少女と、人間であるシングが恋に落ちるのは、そう時間がかからなかった。
おそらくセリシアは、看病していくうちに彼に惚れていったのだろう。
自分たちよりもずっと短い寿命を、儚くも一生懸命生きていく人間に、彼女は憧れを抱いていた。
エルフであるセリシアは、この時、既におよそ四百歳になろうとしていた。
「セリシア、僕は君が好きだ。
君と一緒に、ずっとこの森で暮らすよ。」
「私も……私もシングが好き。
あの日からずっと、あなたの事が好き。
人間だからとかそんなの関係ない、私……あなたが好き。」
二人は世界樹のふもとで愛を誓い合い、そして熱い口づけを交わした。
世界樹を眺めに訪れたロキは、その光景を目の当たりにする。
「……セリシア。」
彼の思わず漏れた声に、二人ははっ、とした。




