30.世界樹の森
夜が明けると、森はレンジ達が訪れた時とはまた違った雰囲気を醸し出す。
普段は「迷いの森」などと呼ばれているが、今目の前に広がるこの大自然を見たら、人々はそう呼ばなくなるだろう。
人食い蛾がいたことが、まるでウソのようだと思うほど、今朝の森の空気はすがすがしい。
焚火が消えていることを確認し、レンジ達はその場を後にした。
「昨日とは雰囲気が全然違うな。
この森って、こんなキレイだったんだな!」
目の前に広がる光景に、レンジは感動していた。
歩いている最中に、シアードが食べられそうなプラムに似た果実を採っている。
それをいつもならセレスが隣にいて、果実を受け取ったりして手伝うのだが、その役目はハープが担っていた。
一方で、セレスは今朝から一言も口を開くことなく、辺りを確かめるかのように見回している。
いつもと違う彼女の様子に、レンジは少しからかってやろうと思った。
「おーい、ケツでかセレスっ。」
「……。」
「セレスってば!」
「えっ、あ、ごめん。
何?」
いつもなら、何よ!と追いかけてくるような彼女だが、今日は違う。
普段と違うセレスの様子に、レンジは心配するようになった。
「どうしたんだよ。
今日のお前、なんかおかしいぞ?」
「……あのね、おかしなことかもしれないんだけど、私、昔ここに来たことがある気がするんだ……。」
シアードとレンジは顔を見合わせた。
ずっと一緒にいたセレスが、島から遠く離れたこの場所に来たことあるなどと言い出したことを、不思議に思ったからだ。
ただ、彼らは知らなかった。
セレスが何処から来たのかを───。
「すっごく小さいときに……誰かと通ったことがある。
それが誰だったのかは思い出せないんだけど……。
でも、でも確かに来たことあるの!
その時も、こんな感じで森が明るくて……。」
震えながらセレスはそう言うと、いきなり走り出した。
「セレス!?
何処に行くんだよ!!」
レンジが呼んでも、セレスは振り向かない。
「シアード、ハープ、後を追うぞ!」
ハープが持っていた果実は、地面に転がり落ちた。
皆、セレスを追う事だけに集中していた。
何処から来たのか、どこに向かっているのかは、もう既に分からなくなっていた。
先頭を走るセレスは、立ち止まることなく森を駆けている。
まるで道を知っているかのように。
ふわっ、と一瞬空気が変わったかと思うと、セレスがその場に立ち止った。
「はぁはぁ……。
もうどこから来たか、わかんねぇぞ。」
セレス以外の三人は、膝に手をつき、下を向いて呼吸を整える。
三人が顔をあげると、今まで見たことがないような大樹が存在を示す。
そしてレンジは、セレスの姿を見て狼狽えた。
セレスの大きな瞳から、一筋の雫が頬を伝う。
彼女は、泣いていた。
「どうしたの?」
ハープがセレスに、優しく聞いた。
「……あの大きな木も、見たことあるわ。
どうしてだか分かんないけど、すごく懐かしいの……。」
「……とにかく、行ってみようぜ。」
ここが何処なのかは誰にも分からないが、四人は大樹を目指して歩き始めた。
大樹に近づくたび、何かしらの視線を感じる。
そして、ふもとには小さな村が広がっていた。
「こんなところに誰か住んでるのか!
それにしてもでっけぇ木だな。
もしかして……これが?」
レンジが大樹に触ろうとすると、大きな声が聞こえてきた。
「世界樹に触るな!!」
声のする方角に目をやると、そこには、人が数人立っていた。
いや、よくよく見ると彼らは自分達とは違う。
布を羽織ったような衣類を身に纏う彼らは、耳先が少し尖がっている。
「お前ら人間が、ここに何しに来た!?」
「ここはエルフが暮らす世界樹の森だぞ!
人間なんかが来る場所じゃない!
人間め、また災いをもたらすのか!?」
「帰れ帰れ!!」
エルフ達は、小石や木の枝を無抵抗でいるレンジ達に向かって投げてきた。
「きゃっ!」
その石のひとつが、ハープの顔に当たった。
「あ……!」
彼らは、恐らく当てる気はなかった。
脅しのためだったのだろう。
地面に散らばる、投げてきた物の小ささがそう物語っている。
だが、ハープの顔からは血が流れていた。
「この野郎!!」
その事実にレンジの怒りが収まらない。
「ほ、ほら、やっぱり人間は野蛮だ!」
「帰れ帰れ!
この森から出ていけ!」
エルフの言葉と、自分たちを憎んでいるかのような顔つきに、レンジの怒りは頂点に達した。
戦闘態勢をとろうとしたが、それはセレスによって阻止された。
「ハープ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。
ちょっとびっくりしただけで……。」
セレスはハープの顔にあった傷を、治癒魔法で治した。
すると、小石や木の枝の雨がピタッと止まった。
人間が治癒魔法?
人間なんかが?
ニンゲンガ……
辺りにいたエルフ達が騒めき出した。
「お前らも、もうよさんかの。
すまんのう人間よ。
わしらエルフは、人間が怖いんじゃ。」
杖をついたエルフの言葉に、先程までいきり立っていたエルフたちが大人しくなった。
どうやらエルフの長らしく、この年老いたエルフに対して皆、深々と頭を下げた。




