29.うれしかったの
四人は、森の中の広い平地で小さな焚火を囲んでいる。
人食い蛾やベアのような大型の魔物などが何処からか襲ってきても、この場所は見晴らしがいい。
そのため、すぐ戦闘態勢に入ることが出来る。
前にここを訪れた旅人がいるのだろうか、人工的な空袋と缶詰が捨ててある。
軽い食事を済ますと、レンジは疑問に思っていたことをハープに尋ねることにした。
「なぁ、印の魔法とか、復活とか、今ユニベルで何が起こってるんだ?」
「えっと、レンジは『300年の平和』っていう物語を知ってるよね?」
知っているも何も、自分が大好きな物語だ。
人間を苦しめる「ゼロ」を一人の少女が封印し、女神になるというこの物語は、ユニベルでは誰もが一度は耳にするほどの有名な物語だ。
「……この話は、本当に起こった話なの。
ゼロが封印されて、今年で300年目って大長老様はおっしゃったわ。
だから、ゼロが復活する前に封印するのが、私の使命なの。」
「何でハープじゃなきゃいけないんだ?
他にもいるだろうに。」
シアードがその話に割って入る。
「私の名前って、絵本の女神のようになってほしいからって付けられたんだって。
よく分かんないんだけど、印の魔法を覚えるのに適性みたいなのがあるらしくて、それに私がピッタリらしいの。
だからね、頑張らなくちゃ。」
「へぇ、そいつは凄いな。
俺はそういう使命だとか義務だとかいうのは苦手だからな。
尊敬するよ。」
シアードは珍しく微笑んだ。
だが、その眼は何処か遠くを見つめていた。
疲れていたのか、既にセレスはすうすうと寝息を立てている。
「おやすみ。」
シアードも剣を枕に横になり、仮眠をとり始めた。
そうなると今、この場で起きているのはレンジとハープだけだった。
彼にはもう一つ、聞きたいことがあった。
「なぁ、ハープ。
どうして俺を守人に選んでくれたんだ?
あのロイドって奴がいるだろうに……。」
レンジにしては珍しく弱気だ。
この様子をセレスが見たら笑い飛ばすだろう。
彼はハープの顔を直視できず、隣にいる横顔をちらちらと見るのがやっとだ。
「何でだろう、ね。
暖かかったからかな?」
曖昧な答えに、レンジは思わず身がよろける。
「ラクベールで、私にあんな風に優しくしてくれる人っていないよ。
私、両親がいないから、エレナおばさんとロイドが私をここまで育ててくれたわ。」
自分と境遇が似ているのに、どうしてこうも違うのだろう。
確かに、彼らからは家族のような暖かさはあまり感じられなかった。
ただ分かっているのは、ロイドがハープに対して何かしらの好意を抱いているということだけだ。
「けど、みんなハープ様ハープ様って。
ハープのこと、あんなに崇めてたじゃねぇか。」
「あれは……きっと、私が使命をかって出たからだと思うよ。」
あの声援に隠された大人の本音は、なんと醜くあさましいものか。
レンジは、ラクベールの人々に腹が立ってならなかった。
しかし、ハープの言葉が一瞬にして彼の怒りをかき消した。
「私……うれしかったの。
あなたが迎えに来てくれて。
ほんとに来てもらえるだなんて、思ってもみなかったから。
巻き込むようなかたちになっちゃって、ごめんなさい。
でもね、私はあなたを選んでほんとに良かったって思ってるよ。」
レンジに向けられたその笑顔は、先程ラクベールで見た笑顔とは違う。
あの時、アレス島で出会った時に見せてくれた笑顔そのものだ。
レンジはハープの両手を強く握り、そして誓った。
「俺、約束するよ!
ハープのことちゃんと守るって。
だからその……巻き込むとか、そんなこと考えるな!
俺達、もう仲間だろ?」
少し前までは、レンジは小さな島に住んでいた。
なのに、今目の前にあるのは、ハープと共にユニベルの平和に関わる使命を手伝うこと。
「つーか、ユニベルの平和のために役に立てるって思ったら、ハープも俺も、なんかすげぇな!」
その現状にレンジは胸が高鳴り、興奮が冷めないでいた。
ハープはただただ笑顔で頷いた。
レンジのころころ変わる様子が面白かったからか、レンジの言葉が嬉しかったからか、それ以外の理由があるのか。
それは彼女にしか分からない。




