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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 魔法都市ラクベール
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26/207

26.デミスープ

 民家から出てきたのは、レンジが恋焦がれていた少女だった。


「レンジ!」


 名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴る。

 レンジは、その高鳴りを抑えられないでいる。

 そして、確信した。

 自分思っていた以上に、ハープに会いたかったのだと。


「ひ、久しぶり。

 約束通り、迎えに来たぜ。」


 レンジは倒れたまま顔を上げて、ハープにはにかんだ。

 しかし、ハープの前に先程の男が立ちふさがった。

 見慣れない茶色のブーツが、少年の視界を遮った。


「何だお前らは。

 その格好……ラクベールの人間じゃないな。」


 やけに高圧的に感じるのは、上から見下して言われているからなのか。

 ただ、黒髪の青年は不快感をあらわにしているため、こちらとしても気分が悪い。


「お前こそ何だ!」


 レンジは立ち上がり、勢いそのままに彼に言い返す。


「ロイドもレンジもやめて。」


「そうよ、元はといえば覗いてたあんたが悪いんだから。

 ハープ、久しぶりね。

 森の中では大変な目に合っちゃったわよ。

 こーんなでっかい蛾がいて、怖かったわ。」


 セレスが、レンジの服を引っ張っている。

 離せ、くそ、とわめく少年をよそに、ロイドが民家に案内した。


「あっ!」


 民家のテーブルには、あの時ハープに渡したフレア草が置いてあった。


「このフレア草って、どんな病気にも効くんだよね?

 私、エレナおばさんの声を治してあげたくてずっと探してたの。

 でも、どうやって薬にしたらいいか分からなくて……。」


「これはね、このまま飲ませちゃったら大変なことになるわよ。

 だって見た目の通り、辛すぎるもの!

 良かったらキッチン貸してくれない?

 これは、私達の島ではスープにして食べてるんだよ。

 だから島の人たちは病気になりにくいし、なったとしてもこれを飲めばすぐ治るのよ。」


 困っているハープを連れて、セレスはフレア草を持ってキッチンへと向かう。

 いつもオリバの手伝いをしていた彼女にとって、デミスープを作ることなど容易たやすい。

 レンジとシアードには作れなかった。

 セレスがいてよかった、と、内心思う二人であった。


「私達、もうすぐ旅に出るの。

 だから旅に出る前に、どうしてもエレナおばさんの声を治したかったの。」


 旅の理由が健気で、いかにも彼女らしい。

 ラクベールの少年が言っていたように、ハープは優しい心の持ち主だった。

 話を聞いていると、ベッドに座っている女性が紙に何かを書いている。


(わたしのことは大丈夫。

 ありがとう。)


 ロイドとハープが「エレナ」と呼ぶこの女性は、言葉を話すことが出来ないらしく、彼女が何かを伝える時は専ら筆談だった。


「……母さんの声は病気じゃないんだ。」


「病気じゃないのに、何で声が出ねぇんだ?」


「お前には関係ないだろ。」


 レンジの質問に、ロイドは冷たく答えた。

 彼の態度にレンジはまた、不機嫌になる。

 場の空気が悪くなりつつあるとき、セレスがスープを持ってきた。

 懐かしい匂いがする。

 これはアレス島でよく食べた、デミスープだ。

 セレスは、ベッドに座っているエレナに「どうぞ」とスープを差し出す。

 赤々としているそのスープに、島の人間以外はスプーンを運ぶことを一度は必ず躊躇ためらうものだが、エレナは表情を変えることなく、スープを口に含んだ。


「おばさん、どう?

 話せそう?」


 エレナは少し口を動かしたかと思うと、首を横に振った。


「そんな……。」


 ハープは落胆する。

 その様子を見て、レンジはいたたまれなくなった。

 デミスープが残りあと少しとなったところで、エレナが紙に文字を書き、それをハープに渡した。


(ハープ、ありがとう。

 私はあなたの真心が何よりもうれしい。)


 紙にはそう記されていた。


「おばさん……。」


 優しい少女は、両手で口元を覆う。


「もういいだろ。

 母さんの声は病気なんかじゃない。

 どうしたって治せないんだよ。

 そろそろ大長老様のところに行くぞ。」


 ロイドがハープの肩を抱く。

 その二人の間に入れないことに、またもや苛立ちを隠せないレンジは、


「俺も行く!」


 と、声を張り上げる事が、今自分にできる精いっぱいの抵抗だった。

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