204.ハープ
冷たい 暗い……。
ここはどこ?
そっか……。
私は 印の魔法を使っちゃったんだ……。
ハープの精神は、右も左も、前も後ろも分からない常闇の異空間に飛ばされた。
まるで底なし沼の様に、自分の体が沈んでいく。
ハープは何も分からない状況の中、それだけを感じ取っていた。
一体、何処まで堕ちていくのだろう。
不思議と恐怖は生まれなかった。
それ故、彼女はせめて最後に仲間の事を思い浮かべながら、と考えていた。
自分と旅をしてきた美しい心を持った仲間に、思いのままを念じた。
ロイド、いつも傍に居てくれてありがとう。
私なんかに優しくしてくれて……好きでいてくれて、本当にありがとう。
それと……私のせいでごめんね。
本当に、ごめんね───。
セレス、私は何も知らなかった。
あなたから、沢山の事を教えてもらったわ。
いっぱい話を聞いてくれて、とっても嬉しかった。
私の大切な、初めての友達……。
シアード……。
強くて、勇敢で、私はあなたの様に強くなりたかった。
最初はちょっとだけ、怖かったの。
けれど、あなたは誰よりも優しくて、熱い心を持っている、素敵な人……。
そして、ハープは彼の事を思い出していた。
……レンジ。
私は、あなたと出会えて本当に良かった。
あなたに出会えたから、私は変わることが出来たの。
あなたに出会えたから、いろんな感情を知ったの。
声も、笑顔も、私を抱きしめてくれる優しい腕も、全てが愛おしいと思うのは、レンジだからだよ。
レンジ、あなたがいたから……私は……。
ハープは、はっ、と我に返る。
「そうだ、私……まだ、伝えてない。
レンジに、好きって伝えてない!」
ハープは手を伸ばし、対象もないのに必死によじ登ろうとする。
だが、彼女があがこうとしたその瞬間、真下から触手の様なものが伸びてきた。
無数に伸びてきた湿っぽくて生ぬるい触手は、ハープの体に絡まり徐々に精神を蝕んでいく。
「嫌……こんなところに居たくない……!
嫌だ……嫌だよぉ……!!」
ここで精神を呑まれたからと言って、死ねるわけではない。
自分はまだ、寿命が続く限りたった一人でゼロと戦っていかなければならない。
仲間も、愛しいレンジもいないこの常闇の異空間で、ただ一人戦い続けなければならない。
ハープは常闇の異空間に飛ばされて、初めて恐怖を感じた。
だが、彼女が恐怖を感じれば感じるほど、抵抗すればするほど、触手は彼女の身体を離すまいと執拗に絡まる。
ゼロを見つけ出すことなく、意識が朦朧としてきた。
戦わずして命が尽きるとなると、ゼロは再び復活してしまうだろう。
彼女の身体は、触手によって覆い尽くされた。
残されたのは、彼女の右手のみとなる。
「みんな……レンジ……。
会いたい……!」
そう強く願った時、自分の右手が強く握られた。
「暖かい……。」
右手が何者かによって、思いっきり上に引っ張り上げられた。
触手の群れから抜け出した時、ハープは自分の目を疑った。
「……私……?」
右手の主は、今にも消えてしまいそうな柔らかくも弱い光を発している。
そこには自分と瓜二つの、三百年前のハープの姿があった。
「あなたは、私の代わりなんかじゃない。
使命も運命も、もうあなたを縛るものは何もないわ。
これからは自分のために……あなたの幸せのために生きるの。」
何が起こったか分からないままでいるハープの元に、もう一人、見覚えのある者が現れる。
「ロイド……!」
だが、彼は何も言わなかった。
黙ったまま、優しい眼差しをこちらに向けてくれていた。
まるで、ハープの幸せを願う様に。
死してなお、自分の幸せを願ってくれている彼の想いに、ハープは涙を流した。
「さぁ、戻りなさい。
愛しい彼の元へ───。」
三百年前のハープの言葉が聞こえた瞬間、自分の目に強烈な光が差し込んだ。
ハープは目の前に広がる光に手を伸ばすと、あの底なし沼に沈んでいくような感覚が消えた。
ハープの精神は常闇の異空間を脱出し、レンジの元へと無事に戻っていった。
「ロイド……私と一緒に来てくれる?」
「あぁ、もちろんだ。
僕は、ハープと一緒なら何処へでも行くよ。」
「ありがとう……。」
三百年前のハープとロイドは互いに手を取り合うと、ゼロの精神を目指した。
自分達がどの方向に進んでいるのかは分からないが、三百年間、ゼロを封印するべくして戦い続けた彼女には、ゼロの精神が何処にいるのかが分かる。
暗闇の中、か細くて弱々しい声が聞こえてきた。
「うう……嫌だ……怖いぃぃ……。」
うずくまっているゼロに、三百年前のハープは優しく触れる。
「大丈夫。
あなたは一人じゃない。
私達も一緒にいくわ───。」
三百年前のハープは、ロイドと共にゼロの精神───魂を光の粒へと変えた。
それに伴い、自分達の魂も手放した。
彼らは皆、無数の光の粒となり、天に昇っていく。




