202.究極四元魔法
四人はそれぞれ目を閉じ、念じ始めた。
セレスからは水色、シアードからは黄色、ロイドからは黄緑色、そして、レンジからは鮮やかな赤色のオーラが発している。
それらは全て、ハープの体の中へと導かれるかのように吸収されていく。
暖かい。
集めた魔力が全身を覆った時、ハープは仲間の強い心を感じ取った。
あきらめない心。
国と民を愛する心。
種族を超えて相手を思いやる心。
どれも人間に備わっている、美しい心だ。
そして、レンジの心は───。
「あ……。」
ハープを守りたいという、強い心である。
この時、ハープは自分を想ってくれるレンジの気持ちにやっと気づいたのだ。
彼女の頬を、一筋の涙が伝う。
そして、自分の心を包み込むような、彼の不器用で優しくて力強い愛情に応えたいと思った。
レンジ、私もだよ。
私も……あなたが好き。
ハープは誰にも気づかれぬよう涙を拭い、必ず生きて帰るのだと、心にそう誓った。
体を起こしたゼロは、ハープの心を読み取っていた。
そこには仲間を信頼し、不安や陰りが何一つとない、純粋な心があった。
彼女だけではない。
彼女を取り囲む仲間達も、一時はゼロの手によって絶望の淵に立たされたはずだ。
それなのに、今、彼らの心は一つとなり、希望に満ち溢れている。
ゼロを倒すという、希望に。
「また封印されてたまるか……たまるものかああぁ!!」
ゼロは両手を前に出し、瞬時に赤黒い魔力の球を作り出した。
「暗黒破滅魔法!!」
「究極四元魔法───。」
ハープの手から、白く優しい光がゼロに向かって放たれた。
ゼロは負けじと赤黒い魔力の球を投げつけた。
「何!?」
ゼロの放った魔法は、ハープが放った光の中に飲み込まれていった。
そして───。
「う……うぐおぉーーッ!!」
光はゼロを飲み込んだと同時に、霧のように柔らかく弾けた。
その際に起こった突風で、レンジ達は体が吹き飛ばされそうになるのを堪えた。
眩しさと突風で前が見えない。
五人は皆、きつく目を閉じてその光が無くなるのを待った。
そして目を開けた時、そこには悪魔の様な化け物になる前の、青年の姿をしたゼロがいた。
体からしゅうしゅうと白い煙を発するゼロは、片膝を付いたまま俯いている。
「や……やったか!?」
レンジが微動だにしないゼロを見て、そう口にした。
だがその時、ゼロの鋭い眼光がこちらに向けられた。
ゼロは、生きていたのだ。
「う、嘘……。」
ここにいる全員、もう魔力が空っぽだった。
レンジ達は、全ての魔力をハープに明け渡した。
それにもかかわらず、ゼロは生きていた。
精霊の力を借り、全ての魔力を注いでもゼロを葬り去る事は出来なかった。
「……はーっ……はーっ……。」
ゼロはゆらり、と立ち上がり、こちらを睨み付けている。
そして、口からこぼれた紫色の血を拭うと、拳を上に掲げて詠唱を始める。
拳を中心に、黒い電流を帯びた巨大な黒い輪が作られていく。
「……人間ごときに この僕がやられるはずがない!!」
体勢を大きく崩し、よろめきながらも詠唱するその姿は、もはや執念だ。
ゼロは執念だけで生き延び、この場に立っているのだ。
「くそっ、どうすりゃいいんだ!!」
ロイドは双剣に魔力を込めようとしたが、不可能だった。
セレスも自分の背中の傷を癒そうとしたが、もう魔力が残されていない。
シアードは自分の剣を握りしめようとしたが、ガクン、と剣の重さに自分の腕が負けてしまう。
レンジも腕に炎を纏わせようとしたが、白っぽい煙が生じるだけであった。
「な、何でだよ……。
俺達、まだゼロを倒してねぇぞ!?」
レンジはゼロの方に目をやった。
するとそこには、ゼロの作り出した巨大な黒い輪がバチバチと音を鳴らしている。
やがて空も厚い雲が覆うようになり、辺り一面が暗くなる。
あまりにも恐ろしい光景に、五人は絶望の淵に立たされる。
もう駄目なのか。
レンジ達は、もう誰もゼロと戦うだけの魔力を持っていない。
その時、ヤグティンが箱舟から降りてきた。
彼は氷の刃を握りしめ、構えを取った。
「最後まで諦めんじゃねぇ!!
俺は信じてるぜ、お前らは必ず、こいつを倒すってな!
俺が時間を稼ぐ。
その間に考えろ!!」
「ヤグティン!!」
レンジ達の呼ぶ声に耳を貸さぬまま、ヤグティンはゼロの懐へと突っ込んでいった。
拳を上げたままのゼロは、ヤグティンに視線を落とす。
ヤグティンは構えをとり、氷の刃でゼロを斬り付けようとした。
ゼロは左手で紫色のバリアを張る。
彼が握る氷の刃は、ゼロのバリアの前に無残に砕け散った。
砂漠という環境下で、彼の氷魔法の威力は半減している。
「鬱陶しいぞ 人間!!」
「ぐうっ!!」
ゼロは指先から光線を出し、ヤグティンの右太腿を貫いた。
味わった事のない激痛が彼を襲う。
「まだだ……まだ、戦える……。
セリシアのところに行くには……まだ早ぇ!!」
彼は素早く氷魔法で止血すると、再びゼロに立ち向かっていく。




