19.父は一国の王
馬車はリューベルク城に到着する。
ルナ姫が馬車を降りると、門番や見張りの兵士達が駆け寄ってきた。
皆が、姫様、姫様、と、ルナ姫の帰りを喜ぶ様子から、彼女がどれだけ大事にされてきたかが分かる。
「この方たちが助けて下さったの。
お父様に報告するから、通してちょうだい。」
「はっ!」
以前城に来た時とは、俄然対応が違う。
あの時はドン・チェルニの協力で城内に入ることができたが、今度はそのような小細工なしに、堂々と城門をくぐることが出来る。
ルナ姫に連れられて王の間に着くやいなや、座っていた王と王妃が立ち上がった。
「おぉ!
ひ、姫ではないかっ!!
無事だったのか……よかった……。」
立ち上がったかと思うと、王は親指と人差し指で目頭を押さえていた。
王妃は、娘であるルナ姫のところへ駆け寄ろうとした。
しかし、彼女の表情は無に近い。
彼女はしゃなり、と挨拶をするかのように、ドレスの両裾を軽く持ち上げ、一礼した。
「お父様、お母様。
只今戻りました。
危ないところを、この旅のお方が助けて下さいましたの。」
その様子はどこかよそよそしく、異様な空気がこの空間に走る。
だが、姫の世話を人に任せっきりでいた王はそれに気づかない。
「お前の身に何かあったら……。
先方に、カリナーンの王に何と詫びたらよいのか……。」
王がもらしたこの言葉に、ずっと黙っていた三人が違和感を覚える。
王は目を見開いて立ち上がり、手を横に振りかざし、情けなさからくる怒りの矛先を、王妃に向ける。
「大体お前もお前だ!
何故関係のない、このような旅の者を巻き込んだ!?
儂が兵を派遣したのを、お前も見ていたであろう!?」
三人とも、この目の前で怒鳴る男に腹が立っていた。
娘の身よりも、カリナーンに輿入れすることばかりを心配している、醜い王様に。
「王様、それはちょっと違うんじゃねぇか?」
最初に口を開いたのは、レンジだった。
「姫様のこと、心配じゃねぇのかよ!?
親なら子どもの心配すんのが先だろう!?
アンタ、それでも親かよ!?」
王様に対しての口調ではない。
最初に会話で使ったような、たどたどしい敬語など微塵も感じない。
「レンジ様、いいのです。
私は……大丈夫ですから。」
ルナ姫の儚げに話す言葉に、レンジは口を閉ざす。
彼女の美しい瞳には光がない。
王妃の心配も、カリナーンの王と同じものだったのか?
あの涙は、娘のために流した涙ではなかったのか?
とうに親などいない自分からしたら、両親がいるということは幸せなことなのだと思っていた。
だが、その幻想は、高貴な親子によって崩れ去った。
帰る、と、一言だけ残し、レンジは一人で王の間を出ていった。
「王様、あなたにとって、ルナ姫は王権や外交の道具でしかないかもしれない。
でも、姫にだって、結婚相手を選ぶ権利があるはずよ!」
セレスはきっ、と王を睨み付ける。
その眼には、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙がたまっていた。
涙を見せたくなかったのか、顔を伏せて一礼し、彼女も王の間を出ていった。
それに続いてシアードも、王族の三人に目をやり、ではまた、と告げて王の間を後にする。
王は、今日会ったばかりの若者たちの迫力に立ちすくんでいた。
あのように言われたのは、初めての事だった。
「姫様、まずはお召し物を仕替えましょう。」
侍女がルナ姫に着替えるよう促す。
ルナ姫は、ちらっ、と王と王妃の様子を見ると、自分の部屋へと戻ろうと足を運ぶ。
若い者がいなくなった王の間で、王はゆっくりと王妃に問う。
「お前も……そうだったのか?
想いもしない、儂のところに輿入れしたのか?」
先程とはまるで異なる、悲しげな口調だった。
それと相反するかのように、王妃は「いいえ。」と優しく答える。
「私は、あなたが好きで好きで、それで今、此処にいるのです。
あなたと愛を育み、そして生まれたのがあの子です。」
王は、王妃の言葉に不安が引いていくのを感じた。
そして、無言で王妃の肩をそっと抱き寄せた。
ルナ姫は一部始終を、物陰から聞いていた。
そして、涙が頬を伝う。
自分の弱さを払拭するかのように涙を拭い、ある決意をする。




