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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 王都リューベルク
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17/207

17.ルナ姫

 ルナ姫は、かつてないほど困惑していた。


 シルクで出来た薄手のドレスでは、ケイシャ鉱山の中は肌寒かった。

 今、彼女は裸足で逃げている。


「どうして……どうしてこんなことになってしまったの……。」



 まだ記憶に新しい、昨夜の出来事である。

 父である王が、大臣と話しているのを立ち聞きしてしまってから、今日までの歯車が狂いだした。


「先方は何と申していた?」


 王が大臣に問う。


「今すぐにでも申しておられました。

 カリナーンの王は、是非とも姫を妃にと。」


 耳を疑った。

 「カリナーン」というのは、ここより南西に位置するアルメイン大陸の大国である。

 かつては自然や大地を愛する国であったが、先代の王が亡くなってから、要塞をこしらえたり大砲を作ったりと、武力を強化することに力を注ぐようになった。

 そんな物騒な国に輿入れするなど、考えただけでもぞっとした。


「ふむ……。あれも今年で十八になる。

 丁度いいだろう。

 カリナーンに使いの者を出してくれ。」


「はっ。

 直ちに。」


 ルナ姫は、自分の身体から血の気が引いていくのを感じた。

 それと同時に、悲しみが込み上げる。

 自分が父親だと思っている男は、あくまでもこの国の「王」であった。

 国のためなら、自分を他国に輿入れさせることなどいとわないのだと。


 冗談じゃない。


 自分には、たった一つの夢があった。

 側近にも、侍女にも、そして母にも話していない幼いころからの夢があった。

 だが、その夢は父である王の手によって壊されようとしている。

 それは、城の中に縛られて生きてきた自分にとって、何よりも耐え難い仕打ちであった。


 真夜中のことである。

 盗賊が自分の部屋から侵入してきた。

 いや、侵入させたという方が正しいのかもしれない。

 ルナ姫は、バルコニーの大きな出窓を意図的に開けていたのだ。


「へぇー、リューベルク城ってこんなにカンタンに入れんのか。

 それともアンタ、わざとかい?」


 鋭い目をした盗賊が、不敵な笑みを浮かべながら彼女に聞いた。

 風に揺れるカーテンを眺めていた彼女は、全く驚かなかった。

 こうなることを望んていたからかもしれない。


「城の宝を持っていくよりも、私を連れていくほうが手っ取り早くてよ?」


「ふーん。

 おかしなことをいう姫サマだなぁ。

 気に入ったよ。

 オレと来な!」


 身軽な格好をしている盗賊は、ルナ姫の両足を持ち、軽々と肩に担ぐ。


「ぶ、無礼者!!」


 生まれて初めて雑に担がれたルナ姫は、悲鳴に似た声を上げた。


「おーっと、真夜中にあんまりデカい声出すモンじゃねぇよ。

 怖けりゃ眠ってな!」


 盗賊は、ルナ姫の整った顔の前に手のひらを広げたかと思うと、彼女の意識は、ふっ、と失われてしまった。

 しばらくすると、かすかな吐息が聴こえる。

 盗賊が得意とする、眠りの魔法をかけられてしまったのだ。


 目が覚めると、そこは見慣れない場所だった。

 肌寒い環境が、就眠時の格好のための薄着であることを気づかせる。

 まきが跳ねる音と、男達の品の欠片もない笑い声が聞こえる。

 それから安っぽいブドウ酒の臭いが、非常に鼻につく。


 なんて所に来てしまったのだろう。


 ルナ姫は、自分の行いをひどく悔やんだ。

 不幸中の幸いか、自分の顔は壁の方向に向いている状態で横たわっているため、彼らは自分が起きたことには気づいていないだろう。

 彼女は上体を起こすことなく、盗賊の話に耳を傾けた。

 酒が入り、気分が大きくなった下っ端であろう盗賊が下品な声で話す。


「へへへ……なぁジル、いいだろう?

 こんな上玉、そうそうお目にかかれねぇよ。

 それとも、お前が手を付けてからか?」


 荒い息遣いが気持ち悪い。

 細身の身体に、白く薄い衣類が貼り付くように纏われ、くびれや膨らみのラインが浮き彫りになる。

 様々なものに飢えている盗賊たちが、またとない美女を目の前に欲情しないはずがない。

 一人の盗賊が近づいてくるのが足音で分かる。


「起きてるんだろ?

 なぁ、ルナ姫?」


 自分をさらった盗賊が、頭上で笑みを浮かべていた。

 目は笑っていない。

 氷のような冷たい目。


 ───怖い!


 直感でそう感じた彼女は、飛び起きて逃げ出そうとした。

 しかし、それは下っ端の盗賊たちに阻止される。


「嫌、嫌です!

 離して!!」


「おおっと、大人しくしてな!」


 二人の盗賊に両腕を掴まれ、動きを止められる。

 だが足はまだ無事だ。

 ルナ姫は、盗賊のつま先を思いっきりかかとで踏みつぶした。


「痛ぇ!!」


 つんざくような衝撃が走り、盗賊は飛び跳ね、しゃがみ込む。

 その隙に、彼女は逃げ出すことに成功し、今に至る。


「何てこと……!

 誰か、誰か助けて!」


 必死に逃げていたルナ姫は、壁ではない何かにぶつかった。

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