17.ルナ姫
ルナ姫は、かつてないほど困惑していた。
シルクで出来た薄手のドレスでは、ケイシャ鉱山の中は肌寒かった。
今、彼女は裸足で逃げている。
「どうして……どうしてこんなことになってしまったの……。」
まだ記憶に新しい、昨夜の出来事である。
父である王が、大臣と話しているのを立ち聞きしてしまってから、今日までの歯車が狂いだした。
「先方は何と申していた?」
王が大臣に問う。
「今すぐにでも申しておられました。
カリナーンの王は、是非とも姫を妃にと。」
耳を疑った。
「カリナーン」というのは、ここより南西に位置するアルメイン大陸の大国である。
かつては自然や大地を愛する国であったが、先代の王が亡くなってから、要塞をこしらえたり大砲を作ったりと、武力を強化することに力を注ぐようになった。
そんな物騒な国に輿入れするなど、考えただけでもぞっとした。
「ふむ……。あれも今年で十八になる。
丁度いいだろう。
カリナーンに使いの者を出してくれ。」
「はっ。
直ちに。」
ルナ姫は、自分の身体から血の気が引いていくのを感じた。
それと同時に、悲しみが込み上げる。
自分が父親だと思っている男は、あくまでもこの国の「王」であった。
国のためなら、自分を他国に輿入れさせることなど厭わないのだと。
冗談じゃない。
自分には、たった一つの夢があった。
側近にも、侍女にも、そして母にも話していない幼いころからの夢があった。
だが、その夢は父である王の手によって壊されようとしている。
それは、城の中に縛られて生きてきた自分にとって、何よりも耐え難い仕打ちであった。
真夜中のことである。
盗賊が自分の部屋から侵入してきた。
いや、侵入させたという方が正しいのかもしれない。
ルナ姫は、バルコニーの大きな出窓を意図的に開けていたのだ。
「へぇー、リューベルク城ってこんなにカンタンに入れんのか。
それともアンタ、わざとかい?」
鋭い目をした盗賊が、不敵な笑みを浮かべながら彼女に聞いた。
風に揺れるカーテンを眺めていた彼女は、全く驚かなかった。
こうなることを望んていたからかもしれない。
「城の宝を持っていくよりも、私を連れていくほうが手っ取り早くてよ?」
「ふーん。
おかしなことをいう姫サマだなぁ。
気に入ったよ。
オレと来な!」
身軽な格好をしている盗賊は、ルナ姫の両足を持ち、軽々と肩に担ぐ。
「ぶ、無礼者!!」
生まれて初めて雑に担がれたルナ姫は、悲鳴に似た声を上げた。
「おーっと、真夜中にあんまりデカい声出すモンじゃねぇよ。
怖けりゃ眠ってな!」
盗賊は、ルナ姫の整った顔の前に手のひらを広げたかと思うと、彼女の意識は、ふっ、と失われてしまった。
しばらくすると、かすかな吐息が聴こえる。
盗賊が得意とする、眠りの魔法をかけられてしまったのだ。
目が覚めると、そこは見慣れない場所だった。
肌寒い環境が、就眠時の格好のための薄着であることを気づかせる。
薪が跳ねる音と、男達の品の欠片もない笑い声が聞こえる。
それから安っぽいブドウ酒の臭いが、非常に鼻につく。
なんて所に来てしまったのだろう。
ルナ姫は、自分の行いをひどく悔やんだ。
不幸中の幸いか、自分の顔は壁の方向に向いている状態で横たわっているため、彼らは自分が起きたことには気づいていないだろう。
彼女は上体を起こすことなく、盗賊の話に耳を傾けた。
酒が入り、気分が大きくなった下っ端であろう盗賊が下品な声で話す。
「へへへ……なぁジル、いいだろう?
こんな上玉、そうそうお目にかかれねぇよ。
それとも、お前が手を付けてからか?」
荒い息遣いが気持ち悪い。
細身の身体に、白く薄い衣類が貼り付くように纏われ、くびれや膨らみのラインが浮き彫りになる。
様々なものに飢えている盗賊たちが、またとない美女を目の前に欲情しないはずがない。
一人の盗賊が近づいてくるのが足音で分かる。
「起きてるんだろ?
なぁ、ルナ姫?」
自分をさらった盗賊が、頭上で笑みを浮かべていた。
目は笑っていない。
氷のような冷たい目。
───怖い!
直感でそう感じた彼女は、飛び起きて逃げ出そうとした。
しかし、それは下っ端の盗賊たちに阻止される。
「嫌、嫌です!
離して!!」
「おおっと、大人しくしてな!」
二人の盗賊に両腕を掴まれ、動きを止められる。
だが足はまだ無事だ。
ルナ姫は、盗賊のつま先を思いっきり踵で踏みつぶした。
「痛ぇ!!」
劈くような衝撃が走り、盗賊は飛び跳ね、しゃがみ込む。
その隙に、彼女は逃げ出すことに成功し、今に至る。
「何てこと……!
誰か、誰か助けて!」
必死に逃げていたルナ姫は、壁ではない何かにぶつかった。




