16.ケイシャ鉱山
───ケイシャ鉱山の中の風は冷たい。
白と灰色の鉱石が入り混じる洞窟の壁は、見ているだけでも冷たく感じる。
鉱山なだけあって、人の手が加えられているため、要所にオイルランプが掛かっているがそのほとんどが消えていた。
この鉱山に魔物が出るようになってから、人の出入りは少なくなったと王妃は言っていた。
さしずめ欲深い商人か、腕っぷしに自信のあるハンターしか、もうこの場所に用事など無いだろう。
何故なら、魔物が人を襲うようになったからだ。
ユニベルでは、魔物は古来から存在する。
しかし、魔物は普段人間を襲うことなど滅多になかった。
人間が魔物達のテリトリーを荒らした場合や、仲間の危機を守る時に威嚇することはあるが、基本的にはこちらが何も仕掛けなければ、人間などには関心を示さない生き物だ。
また、時としてパートナーとなり、人間と共存する種族もいる。
「何だコイツ!?」
レンジ達の前に、二体のゴブリンが現れた。
ゴブリンの体の色は茶色や深緑色が主であるが、このゴブリンは亜種のためか体が白い。
図鑑で見るような小人のような姿ではなく、腕の筋肉は盛り上がり、大きな口から尖った犬歯が剥き出しになっており、まさに凶悪という言葉が当てはまる。
それは、アレス島の森のベアなど可愛く感じてしまうほどである。
セレスが鞭でゴブリンの目を狙う。
ゴブリンが怯んだ隙に、シアードが背後に回り、勢いをつけて真っ二つに一刀両断する。
一方、レンジはもう一体のゴブリンをすでに倒しており、ゴブリンの腹の上で胡坐をかいていた。
かかと落としが止めだったのだろう。
ゴブリンの頭頂部がひどく凹んでいた。
一撃の威力はシアードほどではないが、彼が剣を振りかざしている隙に、拳や蹴りを連続で何発も繰り出せるのがレンジの強みだ。
「ベアといいコイツらといい、一体どうなってんだ!?
魔物があんなにいきり立って人を襲うなんて、今まであったか?」
レンジは率直な疑問を二人にぶつける。
その声はやけに響いた。
こちらに気付いたのだろうか、遠くのほうで動物ではない何かの遠吠えが不気味に聞こえてきた。
「やけに響くな。」
さほど大きくないシアードの声でも、この環境下ならエコーがかかる。
すると奥の方から、男性と女性の揉めているであろう声が聞こえてきた。
明確な言葉は聞き取れなかったが、男性の声は一人ではない事は分かった。
三人は皆、嫌な予感を感じていた。
「……急ごうぜ!」
レンジが先頭を突っ走って行こうとすると、シアードが腕を掴んで動きを止める。
「落ち着け、足音をできるだけ立てるな。
魔物や向こうに気付かれる。」
「でも、急がないと!」
「気持ちは分かる。
けど、魔物との戦闘を避けるのが一番手っ取り早いはずだ。」
レンジを止める彼の手に力が入る。
そして、やや厳しい口調で静かに話す。
「あの海岸で、俺が言ったこと忘れたのか?」
レンジは一瞬、動きを止めるが、すぐにシアードの手を乱暴に振り払った。
「覚えてるさ!
でも今はそれどころじゃない!
何かあってからじゃ遅いだろ!?
俺は止めたって行くからなッ!!」
そう言い残すと、レンジは声が聞こえた方に駆けていった。
「レンジ!」
セレスが呼んでも、レンジは振り返らなかった。
薄暗い闇の向こうに、少年の背中は消えていった。
彼女も追いかけようとする。
その前に、シアードの方に振り向いた。
「……シアード。
あなたはいつも正しかったわ。
でもね、それが全てじゃないの。
分かってても身体が先に動くことだってあるの。
誰もがみんな、あなたみたいに感情をコントロールできる訳じゃないんだよ?
私もレンジと同じだよ、まだまだ子供なの。」
セレスはそう告げると、レンジの後を追った。
彼女の姿が見えなくなると、その場に残されたシアードは小さくため息をつき、二人を追いかけた。




