15.悶々とするセレス
レンジ達は、馬車に揺られていた。
リューベルクから南へ伸びる長い道は、徒歩で行くには丸一日必要とするため、王妃から受けた少しばかりの援助を、馬車代に充てた。
馬車の速さに感激し、やや興奮気味に外を眺めているレンジの隣で、セレスは物思いにふけっていた。
彼女は、シアードがいつも冷静でいられる理由を探していた。
それと同時に、彼がアレス島の海岸に流れ着いた時のことを思い返していた───。
今から十年前のことであった。
セレスがイラプの外れの海岸で貝殻を拾っていた時、身体も服も傷だらけの少年が倒れていた。
その姿を見つけるやいなや、セレスは手に持っていた貝殻をすべて投げ捨て、少年の元に駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
声をかけても返事はなく、息があるかどうかを確認するために仰向けに体をひっくり返す。
「……う……。」
しばらくすると、少年は目を開ける。
吸い込まれそうな瑠璃色の瞳が見えたと思うと、少女は思わず呟いた。
「……綺麗。」
傷だらけで汚れている格好にもかかわらず、彼女が少年を見て最初に放ったのは、その一言であった。
「……ここは?」
少年のかすかな言葉に、彼女の小さな体はびくっ、と大きくたじろいだ。
「こ、ここはアレス島だよ。
あなたは?
あなたはどうしていっぱいケガしてるの?」
セレスの問いに、少年は答えない。
再び気を失ってしまったようだ。
「ど、ど、どうしよう……。」
気が動転していたが、頭は何故か冷静だった。
このままじゃいけない、と考えた彼女は、少年を背負おうとした。
だが、自分の体よりも一回りも大きい少年を背負うほどの力はなく、少年と共に崩れ落ちる。
少年の顔が鼻先にある。
なんて綺麗な顔立ちだろう、と羨ましく思ったのも束の間、表情が苦しそうに歪むのを見て、彼女は何としてもこの少年を助けたいと思った。
「酷いケガ……。
どこか痛むのね。」
彼女は少年の胸のあたりに手をあてがう。
そして、誰に教わったでもない治癒魔法を唱え、少年の傷を癒す。
だが幼い彼女にはまだ、彼を全快させるほどの魔力はない。
「とにかくオリバおばさんに知らせなきゃ……!」
彼女はもう一度少年を背負い、両足は半ばひきずる形でイラプまで運んだ。
「早く元気になって。
元気になったら、あなたのこと、教えて?」
彼女は、一晩中つきっきりで少年を看病した。
いつしか寝てしまい、ふと目覚めると、ベッドに腕をつき伏せている自分の体勢に、はっ、となった。
肩には、自分のベッドにあったであろう毛布が掛けられていた。
おそるおそる自分のベッドにいる少年に目をやると、少年は優しく微笑んだ。
「ありがとう。」
少年の───シアードの言葉に胸が熱くなった。
初めての感覚に、体中が熱を帯びてくる。
これが恋なのだ、と気づくのに、そう時間は掛からなかった。
何故今、シアードとの出会いが思い出されるのか。
それは、彼女が聞きたかったことをずっと聞けないままでいるからだ。
シアード、あなたはいったい何処から来たの?
今、想い人は目の前でレンジと話している。
足を組んで話している姿を見るだけで、自分の鼓動が高鳴るのが分かる。
私、知りたい。
あなたが何処から来たのか、あなたが何者なのかを。
「ねぇ。」
セレスが口を開いた瞬間、馬車がゆっくりと止まった。
どうやらケイシャ鉱山に着いたようだ。




