120.心配
レンジが島について二日目が経とうとしていた時、一隻の船がセイレーン島に到着する。
昨日と同じ岩場で釣りをしていたレンジとミリルは、その場から船を眺めていた。
「行ってみようぜ。」
レンジはそう言うと、ミリルの手を引いた。
一方で彼女は乗り気ではなかったが、咄嗟に繋がれた手が嬉しくて、振り払う事も断ることも出来ないでいた。
船が海岸に着くと、決して大きくはないその船から三人降りて来た。
その三人とは、レンジの脳裏を幾度となく掠める者達であった。
銀髪の青年と黒髪の青年、そしてミリルと同い年くらいの黒髪の少女は、レンジの姿を発見するなり駆け寄った。
「レンジ!
無事だったんだね、ほんとに良かった!!」
ずっと心配していた。
レンジが自分の傍から離れてしまってから、彼を考えない時など無かった。
蒼龍の大渦によって、クラーケンと共に大渦に飲み込まれてしまった彼が、今、自分の目の前にいる。
ハープは居ても立っても居られなくなり、思わず彼の傍まで駆け寄った。
だが、ぼーっと自分の顔を眺めてくるレンジは、自分の知っている彼ではなかった。
何より、彼の隣には、水色の髪をした美少女がいる。
その美少女は、あろうことかレンジの上着を身に纏っている。
「レンジ……?」
レンジはハープの呼び声に反応することなく、ただ不思議そうな顔で彼女を眺めている。
そして、耳を疑うような言葉を口にした。
「……誰だ?
俺のこと、知ってんのか?」
「えっ……。」
ハープは、鈍器で頭を殴られたような感覚に陥った。
言葉が出ないでいる時、ハープに追いついたシアードとロイドが、彼に声をかける。
「レンジ、無事でよかった。
セレスはまだ見つかっていない。
早く戻って、セレスを探すぞ。」
シアードがレンジの名前を呼んで淡々と話す。
だが、今の彼には何が何やら全く分からないでいた。
「セレ、ス……?
誰だ?」
怪訝そうに首を傾げるレンジの姿に、シアードは一瞬大きく目を見開いた。
続けて話しかけようとした時、じれったいと思ったロイドが、レンジの前まで歩み寄る。
「お前は何言ってんだよ。
ほら、早く船に乗れよ。
人を待たせてるんだぞ。」
船に引き連れようと、ロイドはレンジの手首を掴んだ。
だが、レンジは彼の手を乱暴に振り払った。
「痛ぇな!
お前誰だよ!
黙って聞いてりゃ……お前らさっきから何ワケの分かんねぇことばっかり言ってんだ?」
まるで得体のしれない物でも見るかのように、レンジは三人を睨み付けた。
その表情に、三人は驚きを隠せない。
「お前、もしや記憶を……。」
「記憶?
そんなの知らねぇよ。
俺はミリルと旅をしてんだよ。」
レンジはミリルを庇うように後ろに隠し、シアードの前に立ちふさがる。
しかしハープは諦めきれず、レンジに詰め寄った。
「レンジ、私の事も忘れちゃったの……?」
「……ごめん、知らねぇや。」
悲しそうな表情を浮かべながら見つめる少女に、レンジは冷たく言い放つ。
だが、何故こうも胸が痛むのだろう。
レンジは思い出そうと、ハープの顔をじっと見つめる。
不思議そうに見つめるレンジの手が、ハープに伸びそうになった時、横からミリルがその手を掴むことで遮った。
「レンジ、もう行こうよ!」
ミリルはそう言うと、レンジの手をそのまま引いてその場を離れた。
ハープは声もかけられないまま、泣きそうになるのを堪えながら二人の背中を眺めていた。
その時、レンジがこちらに振り返る。
彼もまた、不思議そうな表情を浮かべていた。
「……どうしたものか。
記憶を失ってるとなると、無理やり連れていく訳にはいかないしな……。」
シアードはため息をついて、煙草に火を付けた。
どうしたらいいか分からないまま、三人は船員に声をかけられた。
今日はいったん引き上げ、捜査を終了するとのことらしい。
船に乗ろうとした時、ハープは足を止めた。
そして彼女は意を決して、その場にいる全員に告げた。
「私、この島に残るわ。」
彼女の言葉に、ロイドは驚き、そして反対した。
だが、ハープは本気だ。
彼女の眼差しは真剣そのものであった。
「レンジの記憶が戻るまで、私もこの島にいたいの。」
「ハープ、何を言い出すんだ。
こんな得体の知れない島に残るだなんて、僕は反対だ!」
「でも……!」
「……それでもって言うのなら、僕も残るよ。
ハープを一人残すなんて出来ないからな。」
ロイドがハープと同じく真剣な表情でそう言うと、シアードは了承した。
二人を信じて、自分の大切な弟分を任せることにした。
「……分かった。
ハープ、ロイド、レンジのことよろしく頼む。
俺達はセレスを探すから、その後ベガスで落ち合おう。」
「あぁ。
シアード、絶対セレスを見つけてくれよ!
きっとセレスも、シアードが来るのを待ってるはずだ。」
そして、シアードと船員を乗せた船は、ベガスへと戻っていく。
その船が夕日に向かって進む姿を、セイレーン島の海岸から二人は眺めていた。
「ロイド、付き合わせちゃってごめんね。」
「僕は……。」
ロイドは思わず、ハープの肩を掴んだ。
「僕はハープが心配なんだ!
あいつのために無理なんかするなよ……。」
自分の心配など、ハープにはきっと伝わらないのだろう。
何故なら、彼女の頭の中はレンジの事でいっぱいだからだ。
でないと、今目の前にいる自分の視線を、逸らしたりなんかしない。




