119.抱擁
その日の夜、レンジとミリルは焚火を囲んで魚を焼いていた。
「うんめー!!」
目を覚ましてから何も口にしていなかったレンジにとって、自分で釣った魚の味は格別旨かった。
その他にも、ミリルが海へ潜って採ってきた貝などもあって、二人の腹は満たされた。
全てを食した後、レンジはふと、目の前でパチパチと燃えている焚火に目をやった。
「どうしたの?」
「いや……。」
この島に着く前、自分は誰かとこうやって幾度となく焚火を囲んでいた気がしてならない。
相変わらず、それが誰なのかは思い出せないでいるが、ひどく懐かしかった。
その時、ミリルの後頭部で焚火が見えなくなった。
気が付くと彼女は、膝を立てて座っていた自分の間にすっぽりと入り込んでいた。
「お、おい、何してんだよ!
近ぇだろ!?」
「だって、こうしたいんだもん。」
ミリルは甘えん坊だ。
確かに、その姿はとても愛らしいと思う。
こんな至近距離に彼女のような美少女がいて、ときめかないはずがない。
だが、無性に違和感を感じてしまうのはどうしてだろう。
「……何考えてたの?」
「何って?」
「ずっと焚火を眺めてたじゃない。」
「……以前誰かと一緒に焚火を囲んでた気がするんだ。
ちょうどミリルくらいの女の子と、何か話してた気がするんだ。
すっげぇ大切なことなんだろうけど、全然思い出せねぇ……。」
ミリルは、レンジの言葉に胸が痛くなるのを覚えた。
自分が彼を助けるために、血を飲ませてしまった。
だが、彼を助けるためにはそうするしかなかったのだ。
あのまま放っておけば、彼は確実に死んでいた。
それ故、たとえ副作用で記憶を失おうとも、ただ純粋に彼を救いたかった。
だが、結果として彼の大切な記憶───思い出を奪うことになってしまった。
記憶が消えてしまったのなら、自分が彼にとっての大切な存在になりたい。
「ねぇ、レンジ。
あなたは記憶を失ってるんだとしたら……どうする?」
「どうするも何も……。
んー、分かんねぇ!
だってよ、思い出せねぇモンは思い出せねぇんだ。
それに俺は、お前と旅してるんだろ?
それでこの島に戻って来たんじゃねぇのか?
とりあえず、ボローニャって奴を倒して……って、ミリル?」
「えっ、あ……。」
ミリルは自分の頬に手を当てた。
すると、先程まで頬を伝っていた涙が、彼女の手を濡らす。
救いたいがために血を飲ませたとはいえ、レンジの大切なものを奪ってしまったという事実が彼女を苦しめる。
それだけではない。
今までこの広い海を助けを求めて泳ぎ回った孤独感、そして、不器用で優しい少年に対して嘘をついているという罪悪感が、重ねて彼女の弱り果てた心を責めたてる。
「なんだかなぁ……大切なものがなくなると、泣けちゃうよね。」
悟られまいと、目を潤ませながらも無理やり笑みを浮かべる。
そんな彼女の頭を、レンジはそっと撫でた。
彼女はゆっくりと顔を上げると、そこにはレンジの優しい表情があった。
「俺が絶対何とかするから、もうそんな顔すんな。」
自分を決して責めることなく、それどころかレンジは慰めてくれる。
ミリルは会って一日しか経っていないはずなのに、彼の存在が心の中でどんどん大きくなっていくのを感じた。
それと同時に、気になることが出てくる。
「ねぇ、さっき言ってた……あたしくらいの子って、誰なの?」
「それが思い出せたら苦労はしねぇよ。
でも……誰だったっけなぁ……。」
レンジはそう言うと、頭を悩ませた。
彼女は墓穴を掘ってしまったことに気付く。
聞かなくてもいいことを聞いてしまった。
彼女は咄嗟に抱き付いて、彼の思考を止めようとした。
「っとと!
な、何だぁ?」
彼女の抱き付いてきた勢いに、レンジの身体は後ろに倒れそうになった。
両手を後ろにつくことで、それは阻止された。
「……思い出さなくっていいよ。
あたしがいるじゃない!」
ミリルは、レンジを離すまいと精いっぱいの力で彼の体を抱きしめた。
だが、少女の力などたかが知れている。
彼女が思っているほどきつくないレンジは、無言で頭を撫でた。
そしてまた何かが、脳裏をよぎる。
以前にも、こうして誰かに抱きしめられたのではないか、と。




