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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
セイレーン島
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118/207

118.狼狽

 島の中を歩いていると、ところどころに石像がある。

 十数体の石像をよく見てみると、まるで今にも動き出しそうなほど繊細に造られている。

 どの石像も女性で、惚れ惚れするほど美しい顔立ちをしていた。


「すごいな……まるで生きているみたいだ。」


「……生きてるんだよ。」


 レンジの言葉に、ミリルが反応した。


「あたしの仲間は……みんな、ボローニャに石に変えられちゃったの。」


「石に!?」


「ボローニャは、深い海の底に住む人魚よ。

 ボローニャの歌を聞いた島のみんなは、石に変えられたわ。

 あたしは、リアンの街に遊びに行ってたから助かったけど……帰ってきたらこの有り様だったの。

 ボローニャの歌を聴いた者の体は石化し、満月の光を浴びた時、完全な石像になるわ。

 満月の夜まであと三日……三日しかないの。

 ……どうしよう。

 このままだと……みんな死んじゃうかもしれない……。」


 レンジはそれまでの記憶が全くないままでいるが、今にも涙を流すであろうミリルを放ってはおけなかった。

 聞けば彼女は、今までたった一人で、助けてくれる者を探していたという。

 そしてクラーケンに助けてくれる人を探すよう懇願したが、クラーケンに言葉を話すことは出来ない。

 手あたり次第の人間を海へと放り投げるか、連れていくか。

 魔物の知恵で出来る事といえば、これくらいしかなかった。


「ミリル、そのボローニャって奴はどこにいるんだ?」


「分からない……いろんな海を探し回ったけど、見つける事が出来なかった……。

 でも、きっとボローニャは次の満月の時に現れるわ。

 完全に石像になった人魚を、海の底に持ち帰るために……。」


「そうか……。」


 ミリルは、目を潤ませた状態で石像を見た。

 二本足で立っている姿もあれば、海岸沿いにあるものは下半身がうろこで覆われており、尾ひれがついている人魚の姿のものもある。

 レンジは、俯いたままでいるミリルを慰めるために、明るく振舞った。


「ミリル、大丈夫だ。

 俺が何とかする!

 俺がみんなを絶対、元の姿に戻してやる!

 だから、それまで待つんだ。

 見つけられなくても、来ると分かっているなら俺と一緒に満月の夜まで待とう。」


 レンジの言葉は、たった一人でずっと海を彷徨さまよい続けた彼女の心に染み渡った。

 孤独からくる不安と、深い悲しみがゆっくりと和らいでいく。

 ずっと堪えていた涙が、彼女の頬を伝う。

 少年はどうしていいか分からないでいたが、彼女があまりにも悲しむので、そっと指で涙を拭いた。


「だからさ……もう泣くなよ。

 俺がいるだろ?」


「うん……。」


 ミリルは涙を拭って、微笑んで見せた。

 その時、レンジの脳裏にある少女の微笑みが一瞬浮かんだ。

 それが誰だか分からない、思い出せない。

 だけど、それはきっと、とても大切な存在であった気がする。


 それからレンジとミリルは、食料を調達するために島に生えている木からある素材を集めた。

 手頃な木の枝に、島に生えている植物のつるを結んで作った簡易な釣竿を作った。

 浮き具は木の実の殻を利用した、お手製の釣竿だ。

 そして岩場に移動して、水辺に糸を垂らす。

 隣でミリルは興味津々、かつ不思議そうに釣竿を眺める。

 レンジが魚を釣り上げたり、糸を水辺に垂らしたりする様子を、彼女は首を上下させながら見ていた。


「何だお前。

 釣りも知らねぇのか?」


「だって、人魚は海に潜って魚を獲るから道具なんて使わないもの。」


「そ、そっか、そうだったな。」


 そうだったな、というものの、レンジはミリルの事を何も思い出せないでいた。

 それもそのはずだった。

 彼はミリルと旅をしたことなどないのだから。

 それでも、今の自分には彼女しかいない。

 自分の名前以外の何もかも失ってしまった少年は、時々脳裏に浮かんでくる人物が気になって仕方がなかった。

 明るい赤髪の少女、クールな銀髪の美青年、気の強い黒髪の青年、そして、心から離れない黒髪の少女のこと。

 どこの誰だか分からない、名前すら思い出せないが、彼らがふとした瞬間に脳裏をかすめる。


「……レンジ。」


 隣にいるミリルが、自分の肩にもたれかかってきた。

 あまりの距離の近さに、身体に緊張が走る。


「な、何だよいきなり。」


「みんなが元に戻ったら、どこかの街に連れていってほしいな。」


 レンジはちらっと、ミリルの表情を見た。

 上から見下ろす彼女の表情は、長い睫毛をぱちぱちさせながら、地平線を眺めていた。

 その表情はあまりにも可愛らしく、思わずドキッとした。


「あぁ、いいよ。」


「ほんと!?

 嬉しい!」


 ミリルの表情は先程とはうって変わって、弾けるような笑顔に変わる。

 そして、レンジの腕に抱き付くように自分の腕を絡ませた。

 その時、彼女の胸がレンジの二の腕に押し当てられた。

 柔らかい感触に、少年は体じゅうの血が音を立てて巡るのを感じた。


「だああぁ、離せよ、恥ずかしいだろっ!」


 レンジは顔を真っ赤にして、彼女の手を振り払った。


「何で照れてるの?」


「う、うるさいな!

 行くぞ!」


 ウブな少年は魚の口を持ち、岩場を離れた。

 少年の後ろを、ミリルは嬉々として追いかけていく。

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