118.狼狽
島の中を歩いていると、ところどころに石像がある。
十数体の石像をよく見てみると、まるで今にも動き出しそうなほど繊細に造られている。
どの石像も女性で、惚れ惚れするほど美しい顔立ちをしていた。
「すごいな……まるで生きているみたいだ。」
「……生きてるんだよ。」
レンジの言葉に、ミリルが反応した。
「あたしの仲間は……みんな、ボローニャに石に変えられちゃったの。」
「石に!?」
「ボローニャは、深い海の底に住む人魚よ。
ボローニャの歌を聞いた島のみんなは、石に変えられたわ。
あたしは、リアンの街に遊びに行ってたから助かったけど……帰ってきたらこの有り様だったの。
ボローニャの歌を聴いた者の体は石化し、満月の光を浴びた時、完全な石像になるわ。
満月の夜まであと三日……三日しかないの。
……どうしよう。
このままだと……みんな死んじゃうかもしれない……。」
レンジはそれまでの記憶が全くないままでいるが、今にも涙を流すであろうミリルを放ってはおけなかった。
聞けば彼女は、今までたった一人で、助けてくれる者を探していたという。
そしてクラーケンに助けてくれる人を探すよう懇願したが、クラーケンに言葉を話すことは出来ない。
手あたり次第の人間を海へと放り投げるか、連れていくか。
魔物の知恵で出来る事といえば、これくらいしかなかった。
「ミリル、そのボローニャって奴はどこにいるんだ?」
「分からない……いろんな海を探し回ったけど、見つける事が出来なかった……。
でも、きっとボローニャは次の満月の時に現れるわ。
完全に石像になった人魚を、海の底に持ち帰るために……。」
「そうか……。」
ミリルは、目を潤ませた状態で石像を見た。
二本足で立っている姿もあれば、海岸沿いにあるものは下半身がうろこで覆われており、尾ひれがついている人魚の姿のものもある。
レンジは、俯いたままでいるミリルを慰めるために、明るく振舞った。
「ミリル、大丈夫だ。
俺が何とかする!
俺がみんなを絶対、元の姿に戻してやる!
だから、それまで待つんだ。
見つけられなくても、来ると分かっているなら俺と一緒に満月の夜まで待とう。」
レンジの言葉は、たった一人でずっと海を彷徨い続けた彼女の心に染み渡った。
孤独からくる不安と、深い悲しみがゆっくりと和らいでいく。
ずっと堪えていた涙が、彼女の頬を伝う。
少年はどうしていいか分からないでいたが、彼女があまりにも悲しむので、そっと指で涙を拭いた。
「だからさ……もう泣くなよ。
俺がいるだろ?」
「うん……。」
ミリルは涙を拭って、微笑んで見せた。
その時、レンジの脳裏にある少女の微笑みが一瞬浮かんだ。
それが誰だか分からない、思い出せない。
だけど、それはきっと、とても大切な存在であった気がする。
それからレンジとミリルは、食料を調達するために島に生えている木からある素材を集めた。
手頃な木の枝に、島に生えている植物の蔓を結んで作った簡易な釣竿を作った。
浮き具は木の実の殻を利用した、お手製の釣竿だ。
そして岩場に移動して、水辺に糸を垂らす。
隣でミリルは興味津々、かつ不思議そうに釣竿を眺める。
レンジが魚を釣り上げたり、糸を水辺に垂らしたりする様子を、彼女は首を上下させながら見ていた。
「何だお前。
釣りも知らねぇのか?」
「だって、人魚は海に潜って魚を獲るから道具なんて使わないもの。」
「そ、そっか、そうだったな。」
そうだったな、というものの、レンジはミリルの事を何も思い出せないでいた。
それもそのはずだった。
彼はミリルと旅をしたことなどないのだから。
それでも、今の自分には彼女しかいない。
自分の名前以外の何もかも失ってしまった少年は、時々脳裏に浮かんでくる人物が気になって仕方がなかった。
明るい赤髪の少女、クールな銀髪の美青年、気の強い黒髪の青年、そして、心から離れない黒髪の少女のこと。
どこの誰だか分からない、名前すら思い出せないが、彼らがふとした瞬間に脳裏を掠める。
「……レンジ。」
隣にいるミリルが、自分の肩にもたれかかってきた。
あまりの距離の近さに、身体に緊張が走る。
「な、何だよいきなり。」
「みんなが元に戻ったら、どこかの街に連れていってほしいな。」
レンジはちらっと、ミリルの表情を見た。
上から見下ろす彼女の表情は、長い睫毛をぱちぱちさせながら、地平線を眺めていた。
その表情はあまりにも可愛らしく、思わずドキッとした。
「あぁ、いいよ。」
「ほんと!?
嬉しい!」
ミリルの表情は先程とはうって変わって、弾けるような笑顔に変わる。
そして、レンジの腕に抱き付くように自分の腕を絡ませた。
その時、彼女の胸がレンジの二の腕に押し当てられた。
柔らかい感触に、少年は体じゅうの血が音を立てて巡るのを感じた。
「だああぁ、離せよ、恥ずかしいだろっ!」
レンジは顔を真っ赤にして、彼女の手を振り払った。
「何で照れてるの?」
「う、うるさいな!
行くぞ!」
ウブな少年は魚の口を持ち、岩場を離れた。
少年の後ろを、ミリルは嬉々として追いかけていく。




