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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
セイレーン島
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117/207

117.人魚の血

 船は一旦、王都ベガスへと向かうことになった。

 他の乗客の安全確保、怪我人を搬送しなければならないことから、船長は苦渋の決断を下した。


 その船の上で、ハープは肩を抱きながら震えている。


「私のせいだ……私のせいで、レンジとセレスが……!!」


「ベガスに船が着いたら、俺達も救助船に乗せてもらおう。

 捜査を手伝いつつ、二人を探すんだ。」


 シアードはこんな窮地にもかかわらず、何故そんなに冷静でいられるのか。

 そう思い、ハープは彼を見上げた。

 だが、それは自分の思い過ごしであったという事に、すぐさま気付く。

 彼はただ、夜明けの海を見据えている。

 じっと海を見つめるその眼差しは、今までに見たことのない程、険しいものだった。

 

「ハープ、お前のせいじゃない。

 あの魔法をつかっていなければ、乗客も僕達も、きっと今頃海に……。」


 ロイドは、それ以上話すのを止めた。

 中途半端に慰めても、気休めにもならないと判断した。


 こういう時、レンジならどういう言葉をかけるのだろう。


 ロイドの脳裏に一瞬そう浮かんだが、首を激しく横に振って振り払った。


「シアードの言う通りだ。

 ベガスに着いたら、レンジとセレスを探そう。」


 その言葉に、ハープはゆっくりと頷いた。



 一方、レンジはあの激しい大渦の中ではどうすることもできず、セレスの手を離してしまう。

 クラーケン、レンジ、セレスは別々に海流に飲まれていったところに、ある者が意識を失ったレンジを救い出した。

 その者の姿は、下半身が鱗に覆われており、大きな尾ひれを器用に使って泳ぐ、まさに人魚という言葉が相応しい。

 よわいはレンジと同じ程であろうか。

 絹の様に美しい水色の長髪と、海の様に青い瞳が特徴的な、女型の人魚だった。

 見た目といい、年齢といい、彼女の容姿は何処となくハープを思わせる。


「はぁ……はぁ……。」


 人魚は、レンジを抱えて砂浜へと上がるが、自身も砂浜に倒れてしまう。

 水の中では抱えることが出来ても、自分よりも重い少年を沖へと上げるのは、せいぜい数メートルが限度だった。

 全身傷だらけのレンジは、意識を失ったままでいる。

 人魚は彼を救い出したものの、一人頭を悩ませていた。


「このままだと……そうだわ。

 あたしの血なら……。」


 人魚は、自分の左手首を貝殻で切った。


「痛っ……!」


 手首から彼女の鮮血が滴り落ちる。

 それを彼女はすかさずレンジの口元へと持っていき、口に含ませた。

 すると、少年の傷はみるみるうちに癒えていく。

 人魚の血は、いかなる傷も癒すという不思議な効力がある。

 人間界では言い伝えでしかないが、時折ハンターが人魚を捕獲しようと狙ってくるため、人魚は普段、人目に付かない岩陰や海底で暮らしている。

 だが、人魚の血には、ある副作用があった。

 人魚の血を試したことのない人間は、副作用があることすら知らないだろう。


「あれ……ここは……?」


 傷が完全に癒えた時、レンジは目を覚ました。


「良かった、気が付いたのね!」


 人魚は声を上げて喜んだ。


「クラーケンの事、悪く思わないであげて。

 あの子、人を襲ったんじゃないの。

 私の代わりに、助けを求めていただけなの。」


「クラー……ケン?

 ……俺、混乱してるみてぇでさ、話が全く見えねぇ。

 自分が何処から来たのかも、何でここにいるのかも、さっぱり分からねぇんだ。」


 人魚は、自分の血の副作用を思い出した。

 少年を助けるために咄嗟に自分の血を飲ませたが、副作用の事など微塵も考えなかった。

 人魚の血の副作用は、記憶を失う事。

 どう説明しようかと悩んでいる時、自分の両肩が掴まれる。


「なぁ、どうして俺はここにいるんだ?」


 あと十センチもすれば、鼻先が当たるほどの距離に、少年の顔があった。

 金色の髪に緑色の目、自分の周りにはいない姿形と、少年の中性的なその顔立ちはまさに人魚の好みだった。

 だが、今は好みがどうとか言っている場合ではなかった。

 彼女は、咄嗟に嘘をついた。


「あなたはみんなを助けるために、あたしとこの島に戻って来たんでしょ?」


 レンジは彼女の言葉に、ある二つの光景がフラッシュバックする。

 巨大なイカの魔物が船を襲った事と、目の前にいる人魚とよく似た少女が、叫んでいる姿だ。


「……悪ぃ。

 俺、どうも思い出せねぇみたいでさ、いろいろと説明してくんねぇか、えぇと……。」


「あたしはミリル。

 ……あたしも、あなたの名前忘れちゃったかも。」


「レンジだ。」


「……レンジ。

 と、とりあえず島に上がろっか。」


 噛みしめるように少年の名を読んだ後、ミリアは魔法で下半身を人間の足へと変えた。

 人魚は陸を歩くとき、人間の姿に変化する。

 そのため海沿いの街では、街人の中に好奇心旺盛な人魚が紛れ込んでいる時があるのだ。


「バカ、お前……!!」


「えっ?」


 その時、レンジが赤面する。

 胸は長い髪に隠れているものの、下半身は何一つ身に纏っていないという状況だった。

 レンジは彼女の姿に、まともに目も当てられないまま服を脱いだ。


「ほら、これでも着てろ。」


 レンジはやや乱暴に、ミリアに自分の服を渡した。

 ミリアが彼の服を着ると、それは丈の短いワンピースのようになった。

 少年とはいえ、男の人の服は丈が長く、ギリギリではあるが下半身まで隠してくれる。

 ミリアの胸中には、様々な感情がひしめいていた。

 彼に嘘をついてしまったという罪悪感もあれば、仲間を救うためには仕方ないのだと、どこか開き直る気持ちもあった。


 だが、何よりも彼女の心をいっぱいにしたのは、彼に対する淡い恋心であった。

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