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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
魔法都市ラクベール~大海原を越えて
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116/207

116.蒼龍の大渦

「何故クラーケンが船を襲う!?」


 船長は、クラーケンの様子に驚いていた。

 クラーケンは長い吸盤の付いた足を、うねうねと船に絡ませてきた。

 そして、手あたり次第、人を掴んでは海へと放り投げていた。

 クラーケンは深海に生息する巨大なイカの魔物であるが、人を襲う事など滅多になく比較的穏やかな生物だった。

 時には魚の群れを引き連れたり、船が進むように流れを作ってくれていたりと、漁師や船乗りにとってはありがたい存在であったはずなのに、どうも様子がおかしい。

 

「クラーケンが人を襲うなんて初めてだ……。

 トリノの大蛇といい、一体ユニベルで何が起こっているんだ!?」


 船乗り達は、海での戦闘には慣れているのか、その場にあったもりを握る。

 そして、渾身の力を込めてそれを突き刺した。

 クラーケンは痛みからか、奇声を上げながら足を引っ込めた。

 その時、クラーケンに眩しい光が当てられた。

 辺り一面が、まるで真昼の様に明るくなる。

 深海に棲むと言われているクラーケンは明かりが苦手であるという事を、海に関わる者ならば皆知っていた。


「オッサン、俺達も力を貸すぜ!!」


 レンジの声に、五人は戦闘態勢をとった。

 船長と船乗りは、出来るだけクラーケンを傷つけたくはないと考えていた。

 だが、乗客が次々に海に放り投げられるのを見ては、そうも言ってられないと、甘い考えを捨てた。

 にゅるにゅると何本もの足が船に絡みつく。

 そして尋常じゃない力で、船のマストをへし折った。


「この化け物イカがぁ!!」


 レンジは助走を付けながら、拳に火を纏わせた。

 そして飛び上がり、クラーケンの巨大な体に正拳突きを入れた後、体を回転させて回し蹴りでダメージを与える。

 ぐにゃん、とその部分がへこむと、クラーケンはレンジを掴もうと足を二本振りかざした。

 だが、その足はそれぞれシアードとロイドの剣によって切断された。

 辺り一面に半透明の、青い血の雨が降る。

 こうなれば、正装をしていた乗客の衣類も汚されたテーブルクロスも、同じ汚れた布でしかなかった。


「ウ、ウソでしょ!?」

 

 セレスは目を疑った。

 シアードとロイドが斬ったはずの切り口から、すぐさま新たな足が生えてきた。

 そして二人はそのままクラーケンに掴まれてしまい、船の上に投げ落とされた。


「シアード、ロイド!!」


 セレスは二人の傍まで駆け寄り、すかさず治癒魔法をかけた。

 一方でハープは何も出来ないでいた。

 激しく揺れ動く船の上では、詠唱が幾度となく遮られてしまう。


「どうしよう……このままだと、みんなやられちゃう!」


 焦っている時、なおも一人で戦い続けるレンジの姿が目に入った。

 連続技を繰り出しつつ、クラーケンの攻撃をかわしている彼の体力は確実に奪われていた。

 その時、何処からともなく優しい声が聞こえる。

 ハープの心に、水の精霊アクアが、直接語り掛けてきたのだ。


(ハープ、私も力を貸しましょう───。)


 その声が聞こえなくなった途端、ハープの身体に魔力がほとばしる。

 そして、水色のオーラを身に纏ったハープは詠唱をはじめた。

 その詠唱は、今まで誰一人として聞いたことのない言葉であった。

 溢れる魔力から、只ならぬ危機感を感じたクラーケンは、標的をハープに変えた。


「な、何だ!?」


 戦いに集中していたレンジは、ふとクラーケンが目指す方向に目をやる。

 そこには水色のオーラを身に纏い、詠唱するハープの姿があった。

 クラーケンの足は、にゅるにゅると船の上を走る。


「やめろ!

 ハープに近づくんじゃねぇ!!」


 クラーケンのぬるぬるした体に、爪を立てながらも必死にしがみつくが、動きは止まらない。

 レンジの呼ぶ声が響いた時、ハープの魔法は海を唸らせた。


蒼龍の大渦(メイルストローム)───。」


 それは、アクアの力を借りた水の究極魔法だった。

 海にはまるで龍のような大渦が現れ、それと共に強力な雨嵐がクラーケンを襲う。

 クラーケンの巨大な体をものともせず、雨嵐は唸りを上げてクラーケンを大渦へと飲み込もうとする。

 

「レンジ、早くこっちへ!!」


 セレスは手を伸ばしてレンジを引っ張りあげようとする。

 レンジはセレスの手を掴んだが、クラーケンの足が下から絡まってくるのを感じ、逃れられないことを悟った。


「セレス、離せ!

 このままだと、お前まで!!」


「バカ!!

 アンタは絶対に死んじゃダメなんだよ!!

 オリバおばさんが悲しむわ、それに……私も……!!」


 クラーケンの足が、レンジに絡みついたまま離れない。

 そしてクラーケンは、レンジとセレスを連れたまま大渦に飲み込まれていった。

 雨嵐が止み、大渦も消えた時、船乗りがまだ息のある乗客を小舟で救出する。

 だが、その中に二人の姿はなかった。


「嫌……いやああぁーーー!!!」


 ハープの叫び声が、夜の大海へと響いた。

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