114.カモメ
「待たせたな。」
ハープとロイドは、レンジ達が待つ港へと戻った。
そこには、口を尖らせたレンジと、いつもと様子の変わらないシアードとセレスがいた。
「ほらぁ、そんな顔しないの。」
決して良くない表情を見せるレンジに対して、セレスがちくりと注意をする。
レンジはぷいっ、と拗ねた。
「レンジ、どうしたの?」
ハープの言葉に、レンジは何でもねぇ、と顔を背けて答えるだけだった。
「どうやらあの船がセルナード大陸行きらしい。」
シアードは、船着場にある大きな船を指す。
船乗りが、あらかじめ港に用意されていた荷物を段取りよく載せていく。
また、船に乗り込む客は今までの客とは違って、正装をしている者が多く見られた。
乗客の表情は、今か今かと船の出港を待っているようだった。
不思議に思ったセレスが、船乗りの一人に尋ねた。
「やけにみんなおしゃれしてるけど……セルナード大陸には何があるの?」
「皆、王都ベガスに行きたいんだろうな。
セルナード大陸の王都ベガスにはな、カジノも闘技場もあるんだぜ。
あそこはユニベル屈指の経済大国だ、金回りも良くてなぁ。
俺達船乗りも、セルナード大陸に行く船旅はいつも楽しみにしてるんだ!」
船乗りの声は自然と弾んでいる。
賭け事とは縁もゆかりもないまま育ってきたセレスは、いまいちピンと来ないでいた。
そんな中、船は汽笛を一回鳴らして港を離れたが、レンジ達は妙に浮いていた。
レンジ達は、アカデミーの組織に行くためにセルナード大陸を目指すのだが、ここにいる乗客の多くは、まだ見ぬ場所に心を躍らせている。
中には船に乗ってすぐ、酒を水の様に飲んで気分を高揚させる男達の姿もみられた。
ドレスを身に纏った淑女たちも、品の良い見た目とは裏腹に、金の話ばかりしている。
十六、七の少女ですら、美しいドレスに身を纏っている。
上品な少女らはこちらを一瞥すると、くすくす笑いながら何処かへと消えていった。
「何か……場違いだね、私達……。」
ハープとセレスは思わず苦笑した。
そして、自分の着ている服に目を落とす。
乗客にいる同い年の女の子達に比べて、ほとんど着飾っていないことに引け目を感じていた。
「遊びに行くんじゃないんだ。
俺達は俺達で、目的を見失わなければいい。」
相変わらず冷静なシアードがそう言うと、セレスは何処となくほっとした顔をした。
シアードは海を眺めながら、いつもと変わらない様子で煙草を吹かしている。
その自然体の姿は、どんなに着飾った他の男性よりも、誰よりも素敵だと、セレスは思った。
だが、そう思うのはどうやら自分だけではないようで、辺りを見回すと、シアードを遠目から眺めている女性が幾人もいる。
いつもの事なのだが、セレスは何故か面白くなかった。
ハープはあんたのモノじゃないんだから、とレンジに言ったものの、自分は彼を独り占めしたくてたまらない。
誰にも渡したくなかった。
もちろん、彼が見ず知らずの女性に靡くはずがないのだが。
「ねぇ、シアード。
あっち行ってみようよ!」
セレスはシアードの返事を聞くことなく、いつも通りを装いつつも半ば強引に彼を誘った。
シアードの腕を引っ張る彼女の表情は、少し気が張っていて、どこか儚げで、そしてとても愛らしい。
その様子を見ていたハープは、あるセレスの言葉が頭をよぎっていた。
好きっていうのはね
ずーっとその人が頭の中から離れなくて
ずーっと一緒にいたくて
その人の事を考えただけでもドキドキするの。
誰にも取られたくないとも思っちゃうかな。
「セレス……シアードを誰にも取られたくないんだ。」
私は……どうなのかな。
確かに今、レンジが自分の心の殆どを占めている。
それが恋なのかどうなのか、仲間としての好意なのか、それとも、セレスがシアードに抱いている想いと同じものなのか。
未だ、はっきりと分からないでいた。
「あ……。」
ハープはゆらゆらと動く影に、ふと、上空を見上げた。
そこには、つがいのカモメが並んで飛んでいた。
言葉を持たない鳥ですら、相手を想う。
それなのに、どうして自分には分からないのだろう。




