113.兄
レンジ達一行は、港町トリノにいた。
そこに広がる青空は、ラクベールで見るものとはまた異なり、五人は開放感に浸っていた。
それぞれ心の奥底で何かしら考えているのだろうが、誰一人として表に出さないでいた。
それどころか、五人とも何処か吹っ切れたような、清々しい表情をしていた。
知られたくないこともあるだろう。
考えたくないことも、思い出したくないこともあるだろう。
だが彼らには、不思議と迷いや陰りが見えない。
「ゼロを封印するのではなく、倒す」という明確な目標が出来たからだ。
迷っていては、躊躇っていては成し得ない、大きな目標である。
五人は決意を固めた様に、目の前に広がる広大な海を眺めていた。
しばらくすると、ロイドがゆっくりと口を開いた。
「なぁ、聞いてくれ。
この先何があっても、僕とハープは君達の仲間だ。」
ロイドが意味深な言葉を口走った事に、レンジは首を傾げる。
「何言ってんだよ、いきなり。
そんなの当たり前だろ!」
ロイドとハープは、安堵の表情を見せる。
それを見ていたシアードとセレスは、彼らには何かあると確信したが、今はただ、彼の言葉を信用することにした。
セルナード大陸への船が来るまで大分時間がある。
港でずっと待っているのも退屈なので、船が来るまで五人は自由行動をとることにした。
そう決まった途端、ロイドがハープを誘い出した。
そして二人は、トリノの街中へと歩いて行った。
「俺も!」
一歩出遅れたレンジは咄嗟に声を上げ、ついていこうとする。
だが、シアードとセレスによってそれは阻止された。
「何すんだよっ。」
「ハープはあんたのモノじゃないのよ、そこんトコわきまえなさい。」
「しつこい男は嫌われるぞ。」
「う……。」
二人の言葉に、レンジの身体から力が抜ける。
そしてがくっ、とうな垂れた。
ロイドとハープが二人きりだなんて、考えただけでも嫌だ。
レンジは、どうにもならないむしゃくしゃした感情を抱いたまま、シアード達と行動を共にした。
「私、びっくりしちゃった。
まさかロイドまで、ゼロを倒すだなんて言うから。」
「不可能だと思うか?」
ハープはロイドの質問に、ゆっくりと首を横に振った。
ちょっとした拍子に、彼女の胸元で水色の石が付いたネックレスが揺れ動く。
ブックガーデンの時から気になっていたそれは、彼の恋心を地味に抉り続ける。
「はじめは不可能だと思ってたよ。
ゼロを倒すなんて絶対に無理だって、そう思ってた。
だけど心の何処かで、そう言ってくれる人を待ってたのかもしれない……。
ねぇロイド……レンジって、不思議だよね。」
「何がだ?」
「だって不可能な事でも、もしかしたら出来るかもって、そう思わせてくれるんだもの。
私、今とっても清々しい気分だよ。
もし印の魔法を使うことになったとしても、きっと後悔しないわ。」
そう話す彼女の目には、一点の曇りもない。
自分と二人でいても、口にするのはレンジの事ばかりだった。
それほど、彼の存在は彼女にとって大きなものとなっていた。
それをまざまざと見せつけられたロイドは、レンジに嫉妬せざるを得ない。
こんな話を聞くために彼女を誘ったのではない。
ある重要な話をするために、ハープを誘ったのだ。
「ハープ、僕達はこれからアカデミーに行かなければならない。
そうなれば、レンジ達に知られてしまう。
僕達と、アカデミーの関係を……。」
隣を歩くハープが、その場で足を止めた。
ロイドも足をとめ、ハープの目をじっと見据えて言葉を続けた。
「ハープ、お前、怖くないのか?
僕は怖い。
あいつらが仲間だからこそ、それを知られるのが怖いんだ。」
ロイドの言葉に、ハープは優しく微笑んだ。
「大丈夫、怖くなんかないよ。
私はレンジ達を信じてる。
たとえ何を知ろうとも、レンジ達はきっと、私達から離れていかない。
きっと大丈夫……。」
本当は、ハープも不安で不安でたまらないのだろう。
言葉ではそういうものの、彼女は左の手首を握りしめて、震えを抑え込もうとしている。
彼女が「大丈夫」と口にする時、大体二つのパターンがある。
ひとつは、相手に心配かけまいと気丈に振舞う時で、もう一つは、不安でたまらない時に自分に必死に言い聞かせている。
ロイドは彼女と長年一緒にいたため、お見通しであった。
彼女は今、不安を抱えているという事を。
「……ハープ、あのさ。」
「何?」
「これから、いろいろ不安に思ったりした時は……僕に言えよな。」
ハープは一度たりとも、ロイドの前で弱音を吐いたことがない。
ロイドはだからこそ、時には自分を頼ってほしいと願う。
戦いの中ではもちろんのこと、精神的にもだ。
レンジの様にエネルギッシュで真っ直ぐに、とはいかないかもしれない。
だが、彼は自分なりに彼女を愛し続けている。
そっと、寄り添うように。
「ありがとう。
私、ロイドの事は本当のお兄さんみたいに思ってるよ。」
鈍い。鈍すぎる。
相当頑張らないと、きっと一生平行線のままだ。




