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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
魔法都市ラクベール~大海原を越えて
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113/207

113.兄

 レンジ達一行は、港町トリノにいた。

 そこに広がる青空は、ラクベールで見るものとはまた異なり、五人は開放感に浸っていた。

 それぞれ心の奥底で何かしら考えているのだろうが、誰一人として表に出さないでいた。

 それどころか、五人とも何処か吹っ切れたような、清々しい表情をしていた。

 知られたくないこともあるだろう。

 考えたくないことも、思い出したくないこともあるだろう。

 だが彼らには、不思議と迷いや陰りが見えない。

 「ゼロを封印するのではなく、倒す」という明確な目標が出来たからだ。

 迷っていては、躊躇っていては成し得ない、大きな目標である。


 五人は決意を固めた様に、目の前に広がる広大な海を眺めていた。

 しばらくすると、ロイドがゆっくりと口を開いた。


「なぁ、聞いてくれ。

 この先何があっても、僕とハープは君達の仲間だ。」


 ロイドが意味深な言葉を口走った事に、レンジは首を傾げる。


「何言ってんだよ、いきなり。

 そんなの当たり前だろ!」


 ロイドとハープは、安堵の表情を見せる。

 それを見ていたシアードとセレスは、彼らには何かあると確信したが、今はただ、彼の言葉を信用することにした。


 セルナード大陸への船が来るまで大分時間がある。

 港でずっと待っているのも退屈なので、船が来るまで五人は自由行動をとることにした。

 そう決まった途端、ロイドがハープを誘い出した。

 そして二人は、トリノの街中へと歩いて行った。


「俺も!」


 一歩出遅れたレンジは咄嗟に声を上げ、ついていこうとする。

 だが、シアードとセレスによってそれは阻止された。


「何すんだよっ。」


「ハープはあんたのモノじゃないのよ、そこんトコわきまえなさい。」


「しつこい男は嫌われるぞ。」


「う……。」


 二人の言葉に、レンジの身体から力が抜ける。

 そしてがくっ、とうな垂れた。

 ロイドとハープが二人きりだなんて、考えただけでも嫌だ。

 レンジは、どうにもならないむしゃくしゃした感情を抱いたまま、シアード達と行動を共にした。


「私、びっくりしちゃった。

 まさかロイドまで、ゼロを倒すだなんて言うから。」


「不可能だと思うか?」


 ハープはロイドの質問に、ゆっくりと首を横に振った。

 ちょっとした拍子に、彼女の胸元で水色の石が付いたネックレスが揺れ動く。

 ブックガーデンの時から気になっていたそれは、彼の恋心を地味にえぐり続ける。


「はじめは不可能だと思ってたよ。

 ゼロを倒すなんて絶対に無理だって、そう思ってた。

 だけど心の何処かで、そう言ってくれる人を待ってたのかもしれない……。

 ねぇロイド……レンジって、不思議だよね。」


「何がだ?」


「だって不可能な事でも、もしかしたら出来るかもって、そう思わせてくれるんだもの。

 私、今とっても清々しい気分だよ。

 もし印の魔法を使うことになったとしても、きっと後悔しないわ。」


 そう話す彼女の目には、一点の曇りもない。

 自分と二人でいても、口にするのはレンジの事ばかりだった。

 それほど、彼の存在は彼女にとって大きなものとなっていた。

 それをまざまざと見せつけられたロイドは、レンジに嫉妬せざるを得ない。

 こんな話を聞くために彼女を誘ったのではない。

 ある重要な話をするために、ハープを誘ったのだ。


「ハープ、僕達はこれからアカデミーに行かなければならない。

 そうなれば、レンジ達に知られてしまう。

 僕達と、アカデミーの関係を……。」


 隣を歩くハープが、その場で足を止めた。

 ロイドも足をとめ、ハープの目をじっと見据えて言葉を続けた。


「ハープ、お前、怖くないのか?

 僕は怖い。

 あいつらが仲間だからこそ、それを知られるのが怖いんだ。」


 ロイドの言葉に、ハープは優しく微笑んだ。


「大丈夫、怖くなんかないよ。

 私はレンジ達を信じてる。

 たとえ何を知ろうとも、レンジ達はきっと、私達から離れていかない。

 きっと大丈夫……。」


 本当は、ハープも不安で不安でたまらないのだろう。

 言葉ではそういうものの、彼女は左の手首を握りしめて、震えを抑え込もうとしている。

 彼女が「大丈夫」と口にする時、大体二つのパターンがある。

 ひとつは、相手に心配かけまいと気丈に振舞う時で、もう一つは、不安でたまらない時に自分に必死に言い聞かせている。 

 ロイドは彼女と長年一緒にいたため、お見通しであった。

 彼女は今、不安を抱えているという事を。


「……ハープ、あのさ。」


「何?」


「これから、いろいろ不安に思ったりした時は……僕に言えよな。」


 ハープは一度たりとも、ロイドの前で弱音を吐いたことがない。

 ロイドはだからこそ、時には自分を頼ってほしいと願う。

 戦いの中ではもちろんのこと、精神的にもだ。

 レンジの様にエネルギッシュで真っ直ぐに、とはいかないかもしれない。

 だが、彼は自分なりに彼女を愛し続けている。

 そっと、寄り添うように。


「ありがとう。

 私、ロイドの事は本当のお兄さんみたいに思ってるよ。」


 鈍い。鈍すぎる。

 相当頑張らないと、きっと一生平行線のままだ。

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