112.天極封印魔法
「皆、聞いてくれ。
俺はゼロを倒す。」
レンジの突拍子のない言葉に、その場にいる者は皆、開いた口が塞がらない。
だが、少年の眼は本気だ。
冗談でもない、偽りのない言葉だった。
「……お主は一体何を言うんじゃ。
ゼロの力を見たじゃろう。
三百年前よりもはるか昔から、何人もの魔術師や剣士が奴を倒そうと挑んだ。
じゃが、ゼロには誰も勝てぬ。
ユニベルを平和に導くためには、奴を封印する以外方法はない。」
「あるよ!
俺達がゼロを倒せばいいんだよ!
ハープに印の魔法は使わせねぇ!」
大長老は曲がった腰を伸ばして、レンジに何か言おうとした。
だが、それよりも先に、シアードとセレスが口を開いた。
「そうだな、お前の言う通りだ。
俺達で決着をつけよう。」
「誰かを犠牲にしなきゃいけない平和なんて、そんなのいらないわ。」
二人は、レンジの気持ちを汲み取った。
天と地ほどの力の差がある相手に、レンジはハープを守り抜くために命を賭して挑もうとしている。
その覚悟に、シアードとセレスは最後まで付き合うことを決意した。
「ロイド、お主も馬鹿なことを言い出すのではなかろうな。」
大長老の目には、只ならぬ気配が見え隠れしていた。
それに対して、ロイドは一瞬怯んだが、ふと、レンジの姿が目に入った。
そこには、覚悟を決めた男の目があった。
少年の真剣な眼差しは、微動だにせず大長老をじっと見据えている。
「僕は……。」
それに比べて、自分はハープの使命と己の運命をただ嘆くだけであった。
彼女の使命を代わってやれないことを悔やみ、嘆いていた。
印の魔法について知っていたから、だからこそ、彼女がそれを使うことを躊躇するばかりであった。
それ故、ゼロを倒すという発想など微塵もなかった。
ロイドは母親以外の者に、自分の本音を初めて漏らす。
心の奥底でずっと考えていた事を同じように考えている仲間に、初めて出会えたのだ。
「僕も、ハープのいない平和なんかいらない。
レンジ達と共に、ゼロを倒してみせる。」
「ロイド……。」
ハープは、ロイドがそのような事を口走るとは思いもしなかった。
彼は、ラクベールの民でありながらも、やはり「異端」であった。
大長老は、気を静めるために深呼吸をしたのち、ハープに告げた。
「じゃがの、儀式を受けた以上、印の魔法は習得してもらうぞ。
印の魔法……その名は、天極封印魔法───。
時が来るまで、決して口にしてはならぬぞ。」
「……はい。」
返事をするハープに対して、レンジは静かに寄り添った。
そして、大丈夫だよ、と優しく呟く。
目と目が合うと、レンジはにっ、といつもの笑顔を見せた。
その笑顔に、ハープは今までの不安がふき飛んだ。
そんな二人の様子を、やきもきしながら見つめる男がいる。
だが、ハープの今までに見たことのない程の優しい表情を見ると、自分には何も出来ないことを悟った。
彼女が心の底から泣くのも笑うのも、レンジがいるからだ。
それ程、彼女はレンジに心を寄せている。
自分には、二人の間に出来た絆を壊すことも割って入ることも出来ない。
何故なら、それをしてしまうと彼女はきっと悲しむことになるからだ。
守人が自分でないように、彼女を笑顔に出来るのも自分ではなかった。
ハープがこの先もずっと生きてくれればいい。
ロイドは密かに、彼女の幸せを願うことにした。
「じーさん、その前にどうしても行きたい場所があるんだ。」
「アカデミー……か。」
「俺、アカデミーの組織がどうしても許せねぇ。
あいつら、何かとおかしな実験ばかりしてやがる。
そのせいでイラプの村は襲われた、オリバおばさんも……。」
レンジは握り拳に力が入る。
「ユニベルの平和にもきっと関係しているかもしれないんだ!
直接乗り込んでブッ飛ばしてやる!」
レンジは感情に任せて大声を上げた。
少年の声には残響がかかり、大きく響く。
その声が止んだ時、大長老は眉間に皴を寄せて彼に忠告する。
「レンジとやら、この世には知らない方がいい事もある。」
「俺は、全部知りたい。
このユニベルに関わるすべての事を知りたいんだ。」
「そうか……ならばもう何も言うまい。」
大長老は静かに水晶玉の方へと歩いていくが、念じることなく旅路を示した。
まるで自分がその場所を知っているかのように。
「アカデミーはここからずっと北西に位置する、セルナード大陸に本拠地を構えている。
トリノからもうじき船が出るじゃろう。
大海を越えていく長旅になる。
……ワシに出来ることはもう無い。
ここへ来ても、もう何の力にもなってやれん。
気を付けて行かれよ。」
それはまるで、このラクベールの都にはもう来るなと、暗に言われているようだった。
セルナード大陸に行き、アカデミーの組織にどうしても行くのなら、もう、ここには来るなと大長老は言いたいのだろう。
先程の忠告といい、アカデミーとラクベールは何かしら関係しているのだろうか。
レンジ、シアード、セレスの三人はそう思わずにはいられなかった。
一方で、ハープとロイドは何も言わず、大長老に深々と頭を下げた。
長い時間頭を下げていたハープは、顔を上げると瞬間移動魔法を使って皆をこの場から移動させた。
全員の姿が大神殿から消え去った時、大長老は何処という事もなく、ただ一点を見つめていた。
「ハープ……ロイド……。
お主ら、すべてをさらけ出す覚悟を決めたんじゃな。」
大長老は、人の意思は誰にも止められないという事を知っている。
かつてシアードが印の魔法について知りたがっていた様に、レンジもまた、知りたいのだろう。
ハープもロイドも、きっとレンジの強い思いに応えたい、そう考えたのだろう。
それから大長老は、旅立った二人のラクベールの民を思い浮かべていた。
ユニベルの平和の理を覆そうと、自分達の手で未来を切り開こうとしている彼らを、そっと見守ることにした。




