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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
魔法都市ラクベール~大海原を越えて
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111/207

111.なくならねぇよ

「ハープ!」


 レンジは、ラクベールの都を出てすぐの森でハープを発見した。


「レンジ……。」


 汗だくになりながら息を切らしているレンジの姿に、ハープは彼が自分を探し回っていたのだという事に気付いた。


「ごめんね、もう大丈夫。

 みんなのところに戻らなくちゃ……。」


 ハープは声を震わせながら俯き、レンジの前を横切ろうとした。

 だが、次の瞬間、レンジがハープを抱き寄せた。

 ハープは背中から、彼の熱い体温を感じる。


「……ごめんな。

 俺……バカで、何も知らなくて……ハープの事、何も分かってなかった。」


 ハープはなおレンジの腕の中で、大丈夫、と繰り返す。

 いくら鈍い自分でも、彼女の声色、そして、震える身体から彼女の言葉が嘘だということが分かる。


「いっぱい傷つけてきて……ごめん。

 何も分かってやれてなくて……ごめんな。

 いつも自分のことばっかりで、本当にごめんな……っ!!」


 何度謝っても足りない。

 だが、今の自分には、謝ることしか出来ない。

 ハープの使命を変わってやる事は、誰にも出来ないのだから。

 その時、彼女を抱きしめる自分の腕に、ぽたぽたと暖かい水滴が落ちてくるのを感じた。


「……怖いの。」


 囁くような彼女の声を聞き取った時、レンジはハープの向きを変え、両肩に手を添えた。

 正面から見たハープの顔は、まるで幼い子供の様に弱々しく泣き崩れていた。

 大人しくも気丈に振舞う、いつもの彼女の姿は何処にもない。


「印の魔法を使うのが怖いんじゃない……。

 命を落とすのが怖いんじゃない……。

 今まで過ごしてきた時間を失うのが怖いの。

 あなたとの思い出を失ってしまうのが……一番辛いの。」


 レンジは、ハープの身体を抱き寄せた。

 まるで大切にしている宝物を抱くように、強く、優しく、ありったけの力を込めて抱きしめた。


「レンジ……?」


「……なくならねぇよ。

 絶対なくさせねぇ!」


 レンジはハープの目をじっと見据えて、そして誓う。


「ハープ、聞いてくれ。

 俺はゼロを倒す!

 印の魔法は、俺が絶対使わせない!」


「でも、そんなの……。」


「無理じゃねぇ!

 俺は今よりも、もっともっと強くなる。

 それにここを旅立った時、約束しただろ?

 たとえ何があってもハープをちゃんと守るって。

 ゼロを封印するんじゃねぇ、倒すんだ!

 倒して、ユニベルが平和になった時、今度は二人で旅に出よう。

 そんでハープのやりたいこと、全部やろう!」


 ハープはレンジの腕の中で、微笑みながら涙を流す。

 その涙は、悲しみの涙から喜びの涙へと変わった。

 涙は、嬉しい時にも出るものだと何処かで知ったが、こうも暖かい気持ちになるとは知らなかった。


 心の何処かで、いつも助けを求めていた。

 心の奥底に閉じ込めた使命に対する恐怖が、いつ顔を覗かせるのかと、いつもいつも怯えていた。


 あの時の自分の直感は、間違ってはいなかった。

 全てを抱きしめてくれる彼を守人もりびとに選んで、本当に良かった。


「レンジ……ありがとう。」


 ハープはそう呟いた後、そっと、レンジの背中に腕を回した。

 まるで彼に応えるかのように、ぎゅっ、と抱きしめる。

 彼の、思っていたよりもずっと逞しい胸板に頬を寄せ、涙を拭うことなく微笑んだ。


 一方で、抱きしめられたレンジは硬直している。

 まさか、ハープに抱きしめられるとは思ってもみなかったから。

 そして、今しがた自分が彼女に言った事を思い出す。

 ゼロを倒すなどという不可能に近い考えに、自分自身でも驚いた。

 だが、ハープの命を救うにはその方法しかない。

 ゼロの力は何度も見てきた。

 闘うたびにゼロは強くなり、そして今や完全に目を覚ました。

 それでも、ユニベルを真の平和に導くためには、倒さなければならない。


 自分の愛した少女を救うためにも───。


「戻ろう。」


 レンジはハープの言葉が嘘ではないと分かった時、ブックガーデンの時のように、黙って左手を差し出した。

 ハープは何の迷いもなく、レンジの左手を握る。


「ねぇ、レンジ。」


「何?」


 繋いだこの手を、どうか離さないで。


 ハープはそう言いかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。


「……ありがとう。」


 レンジは何も言わず、ハープの右手をより強く握り、そして頭をぽりぽりと掻く。

 それは、彼が照れている時にする癖であり、ハープはそれを見抜いていた。

 先程までの悲しい気持ちがまるでウソだったかのように、ハープの心は暖かくて優しい気持ちでいっぱいだった。

 

 そして二人は手を繋いだまま、大神殿へと入っていった。

 奥の間に到着した時、ハープはレンジの手を離し、その場にいる者に深々と頭を下げた。


「迷惑かけてごめんなさい。

 もう大丈夫です。」


「ふむ……何はともあれ、無事で何よりじゃわい。」


 とがめられると思っていたが、大長老は長い髭を撫でながら微笑んでいた。

 その微笑みは、今まで見たこともない程の優しいものだった。


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