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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
魔法都市ラクベール~大海原を越えて
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110/207

110.離して

「ふむ……では、始めるかの。」


 大長老は、天に手をかざして詠唱を始めた。

 それはどんなものよりも長い、ハープもロイドも聞いたことのない詠唱である。


「な、何だ!?」


 大長老の詠唱が終わると、床に刻まれた紋章と、四人の精霊が水色、黄色、黄緑色、鮮やかな赤色のオーラを身に纏い、輝き出した。

 そして四つの光が集まってハープの頭上でひとつにまとまると、光は彼女の身体に吸収されていった。

 一瞬何が起こったか分からないでいたハープは、自分の両手を眺めていた。

 じわあっ、と、自分の身体の奥底から魔力が溢れ出てくるのを感じる。


「わ、私、本当に……。」


 戸惑うハープに対して、大長老は彼女を見据えて重々しく口を開いた。


「ハープよ……お前はこれで、印の魔法の使い手となった。

 それに伴い、印の魔法の術者は火・水・大地・風、それぞれの究極魔法を使うことが出来るようになる。

 精進するがよい。」


「わ、私……。」


 ハープは、自分の身に起こった出来事を受け入れられないでいた。

 確かに、覚悟を決めて儀式に臨んだはずだった。

 だが、いざ印の魔法を習得したとなると、目に見えない恐怖に、逃げても逃げても後ろから追いかけられている様な感覚に陥った。

 意志の弱い自分を、助けてほしい、支えてほしい。

 そう願い、ハープはレンジに目を向けた。

 だがレンジの言葉は、無情にも彼女の期待を裏切ることになる。


 レンジは、知らないのだ。


 レンジだけが、事実を知らないのだ。


「ハープ、良かったな!

 これでゼロを封印したら、ユニベルもきっと平和になる。

 そしたら俺達───。」


 ハープはレンジの言葉を最後まで聞かなかった、いや、聞けなかった。

 ハープはレンジから目を背け、大神殿を飛び出した。


「ハープ!!」


 彼女を追いかけたのはロイドだった。

 一方で、無責任な少年はまるで地に根が生えたように動けないでいる。


「ハープ、お前……。」


 ロイドは大神殿の入り口でハープに追いつき、肩を掴んだ。

 そして、表情が分からないでいる彼女の長く美しい黒髪を、指でよける。

 大きな瞳には、涙が浮かべられていた。

 こんなに悲しくて儚い表情を、ロイドは今まで見たことがなかった。


「お願い……離して……。」


 聞いたこともないような切ない声に、ロイドはただ従うしかなかった。

 ハープはそのまま、丘を駆け下りていく。


 自分の愛した少女に、こんな悲しい表情をさせた奴が許せなかった。


 ロイドはすぐさま向きを変え、大神殿の廊下を突っ走った。

 儀式を行った奥の間に着くと、一目散にレンジの前に立ち、勢いに任せて胸ぐらを掴む。


「お前……ハープに何を言った。」


 レンジは、ロイドが何故こうも怒っているのかを理解できないでいた。

 自分はただ、ハープが印の魔法を習得したことに対して喜んだだけであった。


「だから、ゼロを封印して、ユニベルが平和になったらって───。」


 レンジの言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。

 左頬に強い衝撃が走ったかと思うと、口の中で鉄の味が広がった。

 口からもれる鮮血を拭うと、意味もなく殴られた事に怒りが込み上げる。


「てめぇ、何しやがる!」


 地面に尻を付いたまま、レンジはロイドを睨み付ける。

 だが、ロイドの勢いはしずまらない。

 再び胸ぐらを掴んでレンジを引っ張り上げ、そして怒鳴った。


「お前……それが何を意味しているのか知ってるのか?

 なぁ、知ってんのかよ!?」


「ロイド、やめて!」


 セレスが憤激したロイドに声をかけるが、ロイドの耳に入らない。

 怒りに身を震わせ、レンジに怒鳴り散らす。


「ハープはなぁ、自分の精神を……自分の命を引き換えにあの魔法を使わなきゃならないんだよ!!」

 

「何……だと!?」


 レンジは、ロイドの言葉に、怒りで煮えたぎるような血の気が引いていく。

 そして、鈍器で後頭部を殴られたような感覚に襲われた。


「何だよそれ……。

 みんな、知ってたのかよ!?」


 レンジの問いに、大長老も、仲間であるシアードもセレスも目を伏せて黙り込む。

 もしそれが事実なら、自分は今まで散々酷い事を言ってきた。


 ユニベルが平和になったら、旅をしよう。


 その約束は、ユニベルが平和になったら叶えられない。

 そこにハープは、いないのだから───。

 平和のためには、彼女は自分の命を差し出さなければならない。


「俺……何も知らなかったんだ……何も……。

 ……ハープ!!」


 レンジはいても立ってもいられなくなり、大神殿を飛び出した。

 彼女が何処にいるか分からないまま、くまなくハープを探す。

 ラクベールの都のあちこちで、レンジの彼女を呼ぶ声が響き渡る。


「くそう……ハープ、ハープっ!!」


 いくら知らなかったとはいえ、ハープは深く傷ついていたに違いない。


 自分は一体、どれだけ彼女を傷つけてきたのだろう。


 思い出すたびに、胸が締め付けられるような悲嘆と後悔が込み上げる。

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