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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
魔法都市ラクベール~大海原を越えて
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109/207

109.無知

 真夜中に、レンジは一人で体を動かしていた。

 何度も何度も拳に炎を纏わせて、火の精霊の力をより使いこなせるように特訓していたのだ。

 レンジは、ゼロとアカデミーの組織に対する怒りがずっと収まらず、眠れないでいた。

 月明かりが、自分の汗を光らせる。

 膝に手を付いて息を整えていると、そこにシアードが現れた。

 彼の手には、聖剣グラディウスが握られている。

 眠れないでいるのだろう。

 シアードが剣の素振りのためにこの場所にやって来たということが、レンジにはすぐに分かった。

 月の光を背面に立つ容姿端麗な青年の姿は、精霊に負けないくらい神秘的だとレンジは密かに思った。


「眠れないのか?」


「シアード……。」


 そっちこそ、と言おうとしたが、疲弊しきっており口が動かない。

 炎を使うと、思った以上に気力が持っていかれるということをレンジは確信した。


「これからどうする、どこに向かう。」


 レンジは呼吸を整えて、シアードに向かって言った。


「決まってら!

 アカデミーをぶっ潰した後は、ハープの印の魔法でゼロを封印するんだ。

 そしたら、ユニベルに平和が訪れるだろ?」


「───果たしてそうだろうか。」


 シアードは難しい顔をしてレンジにそう言った後、思わず口元に手を当てた。


「な、何だよ。

 シアードはユニベルが平和にならなくてもいいってのかよ?

 なんか変だぜ。」


「すまない、聞かなかったことにしてくれ。」


 レンジはシアードの言葉に少々の違和感を覚えたが、さほど気にならなかったようで、トレーニングを続ける。

 彼のトレーニングは主に、目の前に敵がいると想定して、正拳や蹴りを何度も繰り出すものである。

 レンジには知られてはならない。

 印の魔法が、術者の精神───すなわち寿命を犠牲にすることを。

 もし知ってしまったら、レンジは火の精霊の加護を受けたことを悔やむだろう。

 シアードが悶々としながらレンジを眺めている時、レンジがまるで独り言の様に話しかけてきた。


「シアード。

 俺、強くなりたいんだ。

 強くなれば、ハープを危ない目に合わせないですむだろ?」


 シアードは、レンジの話をただ黙って聞いていた。


「それにな、約束したんだよ。

 ユニベルが平和になってこの旅が終わったら、今度は俺と二人で旅に出ようって。

 そんで、ハープのやりたいことを全部やるんだ。

 ハープは今まで使命のために生きてきた。

 全部終わったら、好きなように生きていいはずだ……そうだよな、シアード。」


 シアードは、二度目のウソをつく。


「あぁ、お前の言う通りだ。」


 印の魔法を使うと、術者の精神は常闇の異空間に飛ばされ、たった一人でゼロを封ずるべく戦い続ける。

 また、それも永続的なものではない。

 ハープの寿命が尽きるまでに、また新たに印の魔法が使える術者が現れないことには、ユニベルは滅んでしまう。

 ユニベルの平和の理を知ってしまっているシアードは、ハープに課せられた使命がどれだけ重いものかを知っている。

 それ故に、レンジには真実を伝えられないでいた。


 レンジはハープを、誰よりも愛している。

 ハープがそれに気づいているのかは定かではないが、傍目から見ていても伝わるほど、真っ直ぐに、そして力強く彼女を想い続けている。

 そんな彼に、印の魔法の事を話すことなど、誰が出来よう。

 シアードはそっと、印の魔法の事は心の奥底に封じ込めた。



 翌朝、五人は大神殿の一番奥の間にいた。

 セレスも眠れないでいたのか、時折大きな欠伸をして目に涙をにじませていた。

 一方で、ハープは浮かない表情を浮かべている。


「どうしたハープ、気分でも悪いのか?」


 レンジが心配して話しかけると、ハープは大丈夫、と微笑んだ。

 彼女が大きく首を横に振って深呼吸をした時、表情が一変した。

 まるで、決意を固めた様な顔つきだった。


「皆、揃っとるの。

 今から、印の魔法を習得するための儀式を行う。

 ……良いな、ハープ。」


「はい。」


「ハープ、此処へ。」


 ハープは部屋の中央に刻まれている紋章の上に立ち、静かに目を閉じた。

 そしてレンジ達は、大長老に命じられる。


「レンジ、シアード、セレス、ロイド。

 それぞれが精霊に認められた心の強さを念じ、そして祈るのじゃ。」


「祈るって……どうすりゃいいんだよ。」


 大長老の言葉に戸惑うレンジだが、三人は既に目を閉じて瞑想を始めていた。

 レンジも見よう見まねで、目を閉じ、そして祈った。

 セレスはあきらめない心を、シアードは国と民を愛する心を、ロイドは種族を超えて相手を思いやる心を、そして、レンジはハープを守りたいという心を、それぞれが強く念じた。

 すると、アクア・ガイア・エアロラ・アレスの4人の精霊の姿が、彼らの前に現れた。

 具現化であろうか、彼らの身体は透けて見える。

 ガイアに至っては、あの時出会った人間の姿のままである。

 シアードが不思議な表情をしていると、ガイアは見抜いたようで、この姿が気に入ってな、と弁解した。


「ロイド、久しぶりね!」


 と、エアロラは軽快にロイドに話しかける。

 相変わらずうるさい奴だ、とロイドが思っていると、エアロラは機嫌を悪くしたようで頬を膨らます。

 アレスは、どうやら水が大の苦手らしく、アクアに怯えている。

 そしてアクアが、ハープに対してゆっくりと話しかけた。


「とうとう、この時が来たのですね。

 再び、印の魔法を生み出す時が……。」


 アクアの言葉に、ハープの表情が一瞬曇る。

 だが、今それを誰かに悟られてはならない。

 そう考えたハープは、


「お願いします。

 印の魔法を習得するため、精霊様の力を貸してください。」


 四人の精霊に深々と頭を下げた。

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